始まりの街・5
人影はジェノーべファたちに気が付いたのか、体の向きを変える。
車はスピードを落としながら人影に近づくが、相手はこちらを認識にしているにも関わらず、特に動く気配はない。
徐々に人影の姿が明らかになる。
黒のマーメイドドレスを身にまとった女性の肌は異常なまでに青白く、赤黒い髪が、不健康そうな肌の色を、より一層引き立てる。
女性は一行を見るや否や、不気味な笑みを浮かべ、やつれた右手を上げる。
女性の不気味な笑みに充てられて、カナエは総毛立つような、なんとも言えない不快感を覚える。
それは後部座席に座っているマヤも同じようで、口元を手で覆い、何かを必死に飲み込んでいる。
「気持ち悪いやつだな……」
「ジェノさん、あの人に近づくべきじゃないです!」
特殊な魔力の持ち主であるカナエとマヤの様子を見て、ジェノーべファとシエロも異変に気づいたようだ。
「いい子ねぇ、こっちよ〜」
女性のやけに甘ったるい声が聞こえると、太陽の光を、何かの影が一瞬だけ遮った。
女性は掲げた右手で何度か空中に渦を描くと、勢いよく右手を振り下ろした。
カナエは咄嗟に空を仰ぐ。
「ジェノ、上からだ!!」
「ちっ」
翼の生えた巨大な黒い影が、車目掛けて急降下してくる。
ジェノーべファはアクセルペダルを踏みつけ、ハンドルを右にきる。
その直後、黒い影は今まで車が徐行していた地面が穿ち、一度上空へと舞い戻る。
影の正体を確認したカナエは思わず息を飲んだ。
まるで絵本に出てくるドラゴンのような姿の魔物がまとっている威圧感は、今まで戦ってきた魔物のそれとは比べ物にならない。
「ジェノーべファ、次はギリギリまで引き付けて!」
「策はあるんだな?」
後部座席から身を乗り出したシエロは、マヤと顔を見合わせてから深くうなずく。
ジェノーべファはドラゴンを睨みつけると、走行速度を落とす。
シエロは火炎魔法の詠唱を始め、マヤは魔装銃を握り、静かに魔力を込めている。
空で体勢を立て直したドラゴンは、車ごと押し潰そうと再び急降下する。
「来るぞ!」
「頼んだぞ」
カナエの警告と同時にシエロの詠唱が終わる。
シエロはロッドを、マヤは魔装銃を、ドラゴンに向けて構える。
火球と魔力の弾丸は、迫り来るドラゴンの顔面に撃ち込まれる。
接触寸前でジェノーべファはアクセルを踏み込み、車はドラゴンの攻撃をかわす。
またしても急降下したドラゴンは地面を抉るが、先程とは違い、その場で大量の血を流しながら横たわっている。
「やったぞ!」
「あら、まさかこんなにすぐにダメになるなんてね。こんなに食べさせたのに、期待外れよ」
いつの間にか亡骸の山を降り、ドラゴンの近くに居た女性は、眉ひとつ動かさずに、ドラゴンの焼け焦げた顔面を撫でる。
先程までの甘ったるい声ではなく、ひどく冷たい声音をしている。
静かに停車すると、ジェノーべファは大剣を、カナエは拳を、シエロはロッドを、マヤは魔装銃を握って車を降りる。
「あんた何者だ? 何が目的かわからないが、アリアのところまで付いてきてもらうぞ」
「銀髪のきみと小さなお嬢さんは、特別な魔力を持っているようね。その魔力を奪えれば、アリアをこの手にかけるのも……うふふ」
徐々に距離を詰めるカナエの質問を無視して、女性は恍惚とした表情で口を歪める。
小さなお嬢さんとは、ジェノーべファ、カナエ、シエロの十八歳の三人と違い、ひとりだけ十五歳のマヤの事を指しているのだろう。
「おまえ、アリアの事知ってんのか?」
「きみと赤髪のあなたの魔力はよくあるものね。私には必要ないわ」
カナエの後ろにいるジェノーべファと、マヤと一緒に車の近くにいるシエロを見るなり、女性は全く無関心な表情に切り替わる。
「答えろ」
「せっかちな男は嫌われるわよ」
ジェノーべファを一瞥した女性は、「まぁいいわ」と呟き、ドラゴンの太い角に腰をかける。
「私はヴェザ。あんたたちが〝厄災〟って呼んでる喜劇の演出家よ」
「演出家? もしかして〝厄災〟のこと、何か知ってるの!?」
シエロの質問に、ヴェザはため息を吐いて肩をすくめる。
「知ってるもなにも、私があんなことになるように仕向けたんだってば」
「おまえ、あれが喜劇だと! どれだけ人が死んだと思ってるんだ!」
カナエは全身の血が頭に上るような感覚に陥る。
思わず走って掴みかかりそうになるカナエを、ジェノーべファは何も言わずに制す。
「殺すために仕掛けたんだもの。本当は街の人間をぜーんぶ殺して、アリアも殺したかったんだけど、私が思っていた以上にアリアの判断が早かったから、実はあんまり満足してないのよね」
怒りでどんどん鼓動が強くなっていく。
カナエの隣りにいるジェノーべファも同じはずだが、何も行動に移さないのは、できる限り情報を引き出すためだろう。
「だからね、あんたたちが〝死の雨〟なんて呼んでる雨に乗せて、魔物の種を街中に撒いたの。雨に濡れた人間の寿命を吸って、少しずつ成長するその種は、私がここに来た瞬間、魔物となって姿を現す」
ヴェザの言葉に弾かれるように、四人は街の方向を見る。
かなり離れているため、詳しくはわからないが、街からはうっすらと黒い煙があがっていた。




