始まりの街・3
艶のある白髪を綺麗に結い上げた、健康的な褐色の肌の青年は、薪の爆ぜるような音で目を覚ます。
「あれ、おれ……? ──ここは……?」
酷い頭痛に頭を抱えながら、煌星は体を起こして、ぼやける視界で辺りを見渡す。
どうやら石畳の張られた、広場のような場所で眠っていたようだ。特に装飾や絵柄のない、青の着物と紺色の袴は土で汚れてしまっている。
全く見覚えのない街並みや建物に戸惑う煌星だが、少し離れた場所で、馴染みのある、桜色の長い髪の女性が横たわっているのを見つけ、慌てて駆け寄る。
淡い黄緑の着物と、ブラウンの袴を身にまとった女性の上半身を起こし、端正な顔についた汚れを少し乱暴に拭いとる。
「ユキ、起きろ。無事か?」
「うぅ〜、ホシ……?」
煌星の呼び掛けに反応して、桜雪のまぶたが持ち上がる。
「えぇ、なにここ、どこ?」
桜雪は煌星の手から離れると、困惑した表情でキョロキョロと街の様子を伺っている。
確か先程まで桜雪と共に、里を見回っていたはずなのだが、気がつけば全く知らない石畳の上で、二人揃って倒れていた。
間違いなく二人の住む里に、このような建造物は存在しない。
「とりあえず人を探そう。それに、何か燃える臭いが──!」
「うわっ!」
煌星の言葉を遮るように、近くの建物が倒壊し、土煙があがる。
崩れた建物から出た火が、植物や別の建物に燃え移り、辺りがどんどんと焦げ臭くなっていく。
しかし、臭うのはそれだけではない。
物が燃える臭いの中に、強烈な臭いが混じっている。
「ホシ、この臭い……」
「あぁ……獣が近くまで来てる」
「槍は?」
「見当たらないんだ」
桜雪は転がっていた得物を拾いあげ、煌星を背中で庇うように、獣臭のする方向を睨んでいる。
獣はあらゆる建物を破壊しながら、確実に煌星と桜雪に近づいてきている。
背後の火の海がジワジワと近づいてきている。熱気と共にパチパチと燃える音が聞こえてくる。
「来るよ!」
「あぁ!」
獅子のような巨躯の獣が、煌星と桜雪に狙いを定め、あらゆる物を薙ぎ倒しながら突進してくる。
煌星と桜雪は地を蹴り左右に別れ、獣の突進を難なくかわす。
「でか! きたな! しかも臭い!」
「嗅いだことない臭いだな」
獅子の獣は目を血走らせ、ヨダレの垂れる口で咆哮をあげる。
獣臭のなかに、鼻を突くような異臭を感じる。
桜雪は獣の眼前に踊りでると、しなやかな動きで湾曲の双刀を振り、獣の顔面や前足をためらいなく斬り裂く。
「邪魔だよ!」
痛みで怯んだ獣は、前足を浮かせて仰け反る。
間髪入れずに、桜雪は舞うように腹部の肉に刃を滑り込ませる。
このわずかな時間で相当な傷を負った獣は、怒りに震えるかのように、再度咆哮をあげる。
身体が大きいだけあって、多少の攻撃では倒れないようだ。
背後の火はかなり近くなっている。ゆっくり戦っている時間はないようだ。
「ユキ」
「うん、任せたよ」
煌星と桜雪がほんの一瞬だけ目を合わせてうなずくと、桜雪は双刀を構えなおし、獣の間合いにためらいなく飛び込んでいく。
ひらひらと舞う桜雪を見失った獣は、仁王立ちで目をつむっている煌星にターゲットを切り替える。
獣の爪が煌星の身体を引き裂こうとした時──
「──来い、雹姫」
煌星の身体に蒼白い光の紋様が浮かびあがると、呼び掛けに応えるように、突如として冷気をまとった蒼い肌の美しい女性が現れる。
何も無い空間から現れた女性に、獣が少し怯む。
グラスの中で氷が崩れるような音と共に、雹姫と呼ばれた女性は笑みを浮かべると、獣の頭上に大量の氷柱が出現する。
無数の氷柱が次々と獣に降り注ぎ、獣は為す術なくその場に崩れ落ちた。
雹姫は振り返ると、何か言いたそうに煌星を見つめる。
「暑いから帰りたい、か。わかったよ、戻れ」
満足気な笑みを浮かべた雹姫は氷塵となり、姿を消した。




