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女神の堕ちる空  作者: ニンニクゴハン
一章 始まりの街
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始まりの街・17

 

 案内された部屋の壁に武器を立てかけて、煌星(こうせい)桜雪(おうせつ)は、用意されたお茶と焼き菓子を口にしながら、ようやく得られた休息を満喫していた。


「ホシ! これ、あんまり甘くなくておいしいよ」

「ユキ、もう少し落ち着いて食べろ」


 吸い込むような勢いで、パクパクとお菓子を頬張る桜雪を諌めつつ、煌星も渡されたお菓子は素直に食べていた。

 目が覚めた時には爽やかな青だった空は、すっかり深い青で染まっていた。


「もっとご飯食べたい……お腹いっぱいになりたい……」


 昼食らしい昼食も取れず、どうにかお菓子で空腹を凌いでいた煌星と桜雪だが、ようやくありつけた夕食も量が足りず、こうしてまたお菓子を口にしている。

 特にここに来た直後は、桜雪がほとんどひとりで戦っていたため、体力の消耗も激しい。あれだけの量の食事では、全く満足できていないのだろう。だからといって、煌星が食べ物を分けようとしても受け取らないのだが。


「珍しくお節介だったな」

「え、あぁ〜うん……本当は敬われるべき人たちが、あんな風に普段から嫌なこととか責任とか押し付けられてるのかなって思うと、自分でもびっくりするくらい腹立っちゃって。でもホシのそばにいなかったことは反省してます……」


 基本的に煌星のために動く桜雪が、煌星に関係のない全く別の誰かのために動くことや、暴力沙汰になり得る状況で、煌星から離れた場所に居ることは、極めて稀だった。

 自覚している以上に、あの時の桜雪は頭に血が上っていたのだろう。


 反省する桜雪を宥めつつ、煌星は話を続ける。


「たった五人でこの規模の街を護ってるんだもんな。〝敬意を払ってもらうべきだ〟ってユキが言わなかったのは、あえてか?」

「それは普通に言い損ねただけ。でもその事に彼らが自力で気づけたら素敵だよね」


 桜雪は頬をかいて、だらしない顔で笑っている。


 物心ついた頃から共にいることもあって、煌星は桜雪の二面性をよく理解しており、今のような穏やかな表情(かお)の桜雪にも、攻撃的で激しい表情(かお)の桜雪にも馴染みがある。

 だがそれは煌星だけの話で、初対面のジェノーべファたちからすれば、驚愕の光景だっただろう。少なからず話のネタにはされているだろうなと思いつつ、煌星はグッと伸びをする。


「おれはそろそろ寝るぞ」

「はーい」


 眠る時間にはまだ早いが、さっさと準備を済ませて、煌星は結い上げていた髪を下ろし、くしで毛先から丁寧に梳かす。

 顔の周りの髪は鎖骨に当たらない程度の長さだが、後ろの髪はようやく肩甲骨の辺りまで伸びてきた。


「あたしが手前で寝るから、ホシは奥のベッドね」

「はいはい、床じゃなくてちゃんとベッドで寝ろよ」


 桜雪からの返事はない。

 起きる頃にはお菓子はひとつも残っていないのだろうなと思いつつ、煌星は桜雪に背中を向けて横になる。


 慣れない環境での連戦や魔獣の召喚で、心身共に、自身が感じている以上に疲れていたのだろう。柔らかい泥に身体が沈んでいくように、煌星の意識は数分と持たず、眠りの中に溶けていく。





 ──寝返りを打つと、近くから微かに寝息が聞こえ、煌星のまぶたが自然と上がる。


 部屋の灯りは全て消え、月の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。日付をまたいで少し経ったくらいだろう。


 返事がない時点でこうする事は察していたが、寝息の主──桜雪は、双刀を抱えたままベッドの縁に背中を預け、静かに眠っていた。


 自身も疲れ果てているだろうに、相変わらず殊勝な女性だなと思いつつ、ベッドから降りた煌星は、桜雪から双刀を取り上げて、小柄な彼女を抱きあげる。


 〝魔獣士〟として、里長(さとおさ)として代々里を治める一族のひとりである煌星と、里長を護る〝楔〟の一族の桜雪は、由緒正しき主従の関係である。


 次代の里長である煌星に寄り添う桜雪は、警戒心がとても強い。例え両親であろうと、煌星のそばで眠っている時の桜雪に触れようものなら、相手に怪我を負わせてしまう程だ。


 だが、唯一煌星だけは例外で、彼が睡眠中の桜雪に触れても、斬りかかられることはない。こうして腕の中におさめても、すやすやと眠り続けている。


 ほんの少しの特別感と、沢山の罪悪感を抱きながら、煌星は桜雪の目が覚めないように、慎重にベッドに寝かせ、布団を掛ける。


「おやすみ、ユキ」


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