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女神の堕ちる空  作者: ニンニクゴハン
一章 始まりの街
15/18

始まりの街・15

 

 全く知らない初老の女性に掴みかかられた桜雪(おうせつ)は、咄嗟に刀の柄に左手を添える。

 相手の視線を見る限り、煌星(こうせい)たちは眼中にないようで、桜雪に向かってキンキンと頭に響く声で喚き始める。


「あんた、見たことない格好をしてるけど()()でしょ!? 街がこんなにむちゃくちゃになってるんだから、外なんて眺めてないで、早くどうにかしてよ!」

「門番って何よ、あとどうにかって何を? あたしたち、()()()()()で街に入ってきてた魔物、全部片付けたんだけど?」

「そんなのどうだっていいわ! そもそも門番たちが魔物を侵入させなければ、わたしの家が壊れることもなかったのに! あんたらが仕事しないせいで、わたしの生活は散々よ!」


 これは話が長そうだと桜雪は思い、近くにいたシエロと双子に、ジェノーべファたちと一緒にいるように手で指示する。


 桜雪の着物の襟を掴む女性は、唾を飛ばしながら言いがかりをつけている。

 甲高い声を聞きつけて、通路に追いやられた人たちが集まってくる。


 未曾有の災害に見舞われ、家も行き場も失った人間にとって、ジェノーべファたちのような弱者を護る立場の人間は、ストレス発散の格好の的だ。

 極度の緊張状態で、この女のような()()()がいれば、人間の不安や不満はあっという間に爆発し、そして誘爆を引き起こす。

 桜雪たちがいなくとも、避難者同士で小競り合いが始まるのは時間の問題だろう。


 桜雪たちは狭い通路ですっかり野次馬に囲まれてしまい、罵声に晒されてしまう。

 少し離れた場所で固まっているジェノーべファたちは、煌星を除いて、張り詰めた表情で固唾を呑んでいる。


「ジェノーべファくん、この人たち──戦わない人たちは、いつもキミたちにこんな態度をとってるの? 街に魔物が近づく度、キミたちのせいにして文句をぶつけてくるの?」

「それは……」


 恐らくだが、この五人は常に言われのない民衆の不満に晒されている。その度に、傷つけられた怒りや悲しみを飲み込んで耐え忍んでいる。

 人智を超えた力は、使い方を誤れば簡単に人を殺めてしまう。その事を理解しているからこそ、ジェノーべファたちは黙って耐えるという方法しか選べないのだ。


 そうしてジェノーべファたちの優しさに付け込んで生まれたのが、この女のような〝弱者〟の皮を被った(ケダモノ)だ。

 身を程をわきまえない(けもの)は、きちんとお仕置をしなければいけない。ならそのついでにジェノーべファたち五人の本心も引きずり出してしまおうと、桜雪は思いつき、言い淀むジェノーべファに構わず畳み掛ける。


「戦わないコイツらは、キミたちが命を懸けて戦うのが当然だと、自分たちが護ってもらって当然だと思って、キミたちにいつも八つ当たりしてるの? ()()()()()()()()()()()()選択をしておきながら、何かあれば全部キミたちのせいにしてるの?」


 五人の中核であるジェノーべファからは特に、事を荒立てないために、気持ちを飲み込んでしまう性質を感じる。

 そのジェノーべファが不満を吐き出せば、他の四人の意識も変わるだろう。


 次第にヤジの声が大きくなっていく。

 その渦中でジェノーべファは何も言えずに俯いている。


「ジェノーべファくん、キミはそれでいいの?」

「──よくない……」


 桜雪がジェノーべファの名前を呼ぶと、彼は俯いたまま絞り出すような声で、小さな不満を口にする。


「なんて? 周りがうるさくて聞こえない! ジェノーべファくんはどう思ってるの!?」


 ジェノーべファは、弾かれたように顔を上げて、真っ直ぐに桜雪の目を見る


「おれはカナエたち(こいつら)に暴言を吐いたヤツらのことを許せない……心底不快だ……!」


 大袈裟に煽って、ようやくジェノーべファから返ってきた言葉に、桜雪は口の端を上げる。

 依然として着物の襟を掴んでいる女性を、桜雪は突き飛ばし、ためらいなく右手の甲で相手の頬を叩く。


 水を打ったように辺りは静まり返り、女が倒れる。

 本気で殴ったわけでもないのに大層なリアクションだ。

 やり返されるなんて思っていなかったせいで、受け身を取ることすら叶わなかったのだろう。


「お気に入りの着物にヨダレ飛ばしてくれた礼だよ、おばさん」

「おい、待て! 確かにおれは許せないと思ってるが──」

「──ジェノーべファくん、カナエくん、シエロちゃん、マヤちゃん、マオくん。キミたちは常に命を懸けてこの街を護ってる。そのことを誇りに思わなきゃいけない。

 力で弱者を虐げる支配はダメだけど、()()()()()()()()()()()()()()には、自分たちを護ってくれている人たちがいかに強いのか、教えてあげなきゃいけない。じゃないと、こうやって付け上がるからね」


 ジェノーべファたちに周りを見るようにあごで指示をした桜雪は、頬に強打をくらい、呆然と座り込んでいる初老の女性を、静かに見下ろす。


 この女は自分よりも格下だと決めつけた若い人間に、大きな声でキツく当たることでしか、周りに注目してもらえず、周囲にその生き方を正してもらう事もできず、哀れな人生を何十年も生きてしまった。

 そして今日もまた、若者たちを強い言葉で殴ろうとしたせいで、今まで見下していた若者に殴り返されてしまったのだ。愚かとしか言いようがない。


「ね、誰も目を合わせないでしょ。コイツらはキミたちに何を言ってもいいと思って、酷い言葉を浴びせてる。自分からにじみ出てる悪意を、コイツらは間違いなく自覚してる」


 悪意がないと信じて耐えていた五人には、桜雪の言葉はあまりにも残酷だろう。

 しかし、彼らの今後を思うのなら、この非常な現実を伝えてやらねばならない。桜雪なりのお節介だ。


「くそっ、おれらが言い返さないからっていい気になりやがって!」

「お前らはおとなしく魔物と戦ってりゃいいんだよ!」


 腕自慢と言った様子のふたりの男が、青筋を立てて桜雪に殴り掛かる。桜雪が余りにも鋭い言葉で図星を突いてしまったせいで、黙っていられなくなったのだろう。


「ユキ、やりすぎるなよ」

「はーい」


 桜雪は身体を仰け反って攻撃をかわし、流れるような動作で身体を捻り、そのまま大男の横顔に蹴りを入れる。

 大男は蹴られた勢いのまま壁に激突し、間抜けな体勢で気絶する。


「誰がいい気になってるって?」

「くそ、ならそっちの男を!」


 仲間が蹴り飛ばされたのを見ていたもうひとりの男は、ターゲットを桜雪から煌星に移し、助走をつけて殴ろうとする。

 しかし煌星に飛びかかるまえに、桜雪の得物が男の後頭部からこめかみを掠め、腰を抜かした男はその場で尻もちをつく。


「そっちにあたしは居ないよ」


 桜雪は意図的に足音を立てて男にじっくりと近づく。

 蒼白した顔で桜雪を見上げた男は、情けない悲鳴をあげて、仲間を置き去りに逃げていった。


「さ、八つ当たりしたいならかかっておいで、あたしがお灸を据えてあげる。それと()()()()()があるなら聞くよ。まぁ、五人の名前すら知らないような人たちが、そんなもの持ち合わせてるとは思えないけどね」


 今の一瞬で、自身よりも遥かに大きい男をふたりも下した桜雪を前に、先程まで威勢よくヤジを飛ばしていた周囲の人々は、完全に黙り込んでしまう。

 言うなら早くしろと言わんばかりに、桜雪は辺りを見渡すが、誰ひとりとして桜雪と目を合わせず、駆け足でその場を去っていった。


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