転移者の影
「じゃあね、また来るからね!!」
ワカナが子ども達一人一人と別れを交わすと、オレ達は夜陰にまぎれ村を出た。
「なにもこんな夜遅くに村を出ることなかったのに。一応町の側に転移門を設定してあるけど、今からじゃ宿にも泊まれない。」
「文句を言わないの、兄様は相手のことを慮ったのよ。それにいいじゃない、開けた所で野営しましょう。久々に兄妹だけの時間だもの。楽しみましょう。」
たしかにこちらの世界に転移してからもう2週間ほど経っているが、兄妹だけで行動している時間は驚くほど少ない。ラグさん達やルーフェと行動することが多かったし、兄弟がバラバラに動いてたりもしたからな。
ちなみにルーフェはアツコとサヤが村に戻ってくる前に1人で町に戻っていった。
ラグさん達が泊っていったらどうかと声をかけたが、そこまでしてもらう義理はないと言って断ったのだ。亜人の村に泊まるのが嫌だったのか、それともオークの村が被害を受けたことに対して、後ろめたさがあったのか………両方かもしれないな。
今回の顛末についてはルーフェが冒険者ギルドに報告し、グレンツァや傭兵達とともに大森林の邪竜の脅威を国内に喧伝してくれるだろう。
しばらく歩くと少し開けた場所があったので、そこで火を焚き野営の支度をすませる。
「ミッドガルドでもよくキャンプしてたよね。ほら、皆で大きいコテージ出してさ。」
「懐かしいね。キャンプっていうより小さな家を持ち運んでた感じだったけど。」
「オレはこういうこじんまりとしたのほうが好きだな。コテージも旅行気分で楽しいけど、こっちの世界でいきなりあんな大きな物を出したら気味悪がられそうだしな。」
オレはワカナとナナセの会話に加わる。
「相変わらず呑気ね。昨日の今日であんな事があったんだから少しは緊張感を持ちなさい。あれだけ高レベル帯の召喚獣を使役しているサマナーかテイマーが何処かにいるんだから、いまこっそり後をつけられてたっておかしくない。」
「アバドンだっけ、アツコお姉ちゃんは実際に戦ってみてどうだったの。レベルとか分かった?」
サヤがアツコに問いかける。
「分からないわ。別に80レベルだって、100レベルだって私にとっては些細な違いだし。ただちょっと力を入れただけですぐバラバラになったし、せいぜい80~90レベルってところじゃない?ほら、ワカナ引き裂こうと思っても意外と大変だし。」
アツコがワカナ掴んで左右に引っ張る。
アツコもこういうジョークを言うんだな………っていうか、なんかワカナかなり本気で痛がってるけど大丈夫なのそれ!?
しかし、アツコからしてみれば80レベルも100レベルもあまり変わらないかもしれないが、オレ達にとってみれば死活問題だ。
「90レベルか…そうなるとサマナーであってもテイマーであっても使役者のレベルは100レベル。つまりオレ達と同等の力を持っていることになるな。」
そう、ミッドガルドの仕様からすると、基本的には召喚であっても使役であっても、モンスターは自分より1割以上低いレベルのものしか呼び出すことは出来ない。
つまり100レベルであれば90レベルのモンスターを、90レベルであれば81レベルまでのモンスターを戦わせることが出来るのだ。例外的に自分と同等、もしくはそれ以上のレベルのモンスターを呼び出すことも可能だが、それには特別なアイテムが必要となり、それはミッドガルドであっても超レアなものとなる。
貴重なアイテムを使って特殊召喚するような高位モンスターを簡単に人には貸し出さないだろうと考えると、少なくともアバドンの使役者は最低でも90レベル近くになる…この世界のレベル帯がミッドガルドに比べ大幅に低いことを考えると、アバドンを使役していたのはオレ達と同じ『転移者』である可能性も否定できない。




