世界の現実
ラグさん達を家まで送ると、オレ達はグレンツァと傭兵達の治療に取りかかった。
村の生き残りがラグさんの家に集まり、グレンツァ達の処遇や今後の方針について話し合う事となったのだ。村の中央部は焼かれている家も多く、外れにあるラグさんの家が会合の場に選ばれたのだろう。
それに村長はじめ村の主要なオークがことごとく殺され、リーダーシップをとることが出来るのがラグさんしかいないというのも、関係しているのかもしれない。
とにかくオレ達は、ラグさん達の判断を待つしかないのだ。
ミカヅキとワカナは切れかかっている精神沈静化の魔法を傭兵達にかけ直し、怪我をしているものには治癒魔法を施す。ナナセはまだ姿を現すことが出来ないため、引き続き完全不可視化の状態でいるが、時折オレ達に傭兵の怪しい挙動などを報告してくれている。
比較的軽症の傭兵のなかには、この期に及んで逃亡しようと試みる者もいるのだ。
一通り治療を終えると、とりあえず全員が歩ける状態までは回復する。一度壊れた精神までを治すことはできないが、それは当然の報いとも言うべきだろう。
人に危害を加えることもなく、ただ平和に暮らしていただけのオークの村を襲い、快楽に酔いしれるように残虐な手段により殺したのだ。たとえ自分が同じ手段で殺されることになっても文句は言える立場ではない。
しばらくすると会合を終えたラグさんが広場に戻ってきた。その表情は険しく、足取りは重い。
「どうなりましたか?」
オレの問いかけにラグさんは首を振る。
「全員殺せって。」
ラグさんの言葉に傭兵達がざわめく。
一方的に命を奪うことは出来ても、奪われる側に立つ事は想像すら出来なかったのか?
オレの中で沸々と怒りが込み上げる。
「でもね、なんとか説得して全員そのまま返すことになったわ。悔しいけどね。」
「どうして!?こんな酷いことをしたのに!!」
ラグさんの言葉にワカナが今にも泣きだしそうな声をあげる。
「ワカナちゃん、ありがとう。だけど、亜人である私達が人間を殺すことはやっぱり出来ないのよ。たとえそれが仲間の、家族の、かけがえのない大事な人の仇であってもね。出来ないのよ。」
ラグさんの感情を押し殺すような口調に、オレ達はそれ以上何も言う事が出来なかった。
人が亜人を殺すことは許されても、亜人が人を殺すことは許されない。
この世界の残酷な現実がそこにはあった。
グレンツァは王国有数の大貴族だという。もし亜人たちの手によって命を失うようなことになれば王国の正規軍が大森林を蹂躙し、亜人という亜人を根絶やしにするという最悪の展開まで考えられる。
傭兵ならばそこまでの問題にはならないかもしれないが、それでも亜人たちが人間を殺したという事実が近隣の住民に知られれば、亜人に対する恐怖心は増大し、交易を行うどころの話ではなくなるだろう。血気盛んな若者が敵討ちとばかりに亜人を襲うかもしれないし、冒険者ギルドに亜人討伐の依頼をすることだって考えられる。
そうなった時に恐らく亜人の味方をするものはいないだろう。
辛いことではあるが、この村のオーク達はこれだけの被害を受けながら泣き寝入りするしかないのだ。




