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異世界転生恒例イベント

 ダメだ、ダメだ。


 まだ意識がミッドガルド仕様というか、妹達をNPCとして扱ってしまっている気がする。

 思ったことや考えはしっかりと共有して、トークAI相手の気の抜けた雑談ではなく、妹達との血の通った『会話』をしなければ愛想をつかされてしまう。


「しかし、流石ナナセだな。」


 女性と円滑なコミュニケーションをはかるにはとにかく褒めること、これは学生時代から働き続けているファミレスで学んだことだ…特定の相手を褒めすぎると、それはそれで贔屓だなんだと厄介な爆弾を抱えることにも繋がるが、妹達は相互に信頼関係があり仲が良いという設定にしているから、どれだけ褒めても不和は生まないだろう。


 しかし、ナナセの能力は本当に便利だ。

 元から五感に優れたウェアキャットという種族であり、加えて忍者やアサシンといった探知スキルの高いクラスも取得しているナナセは、極めて高い索敵能力を持っている。

 ミッドガルドでも数キロであれば大まかな敵の人数や兵装を音で聞き分けることができたが、その能力がこの世界でも十分有用だと分かったことは大きな収穫だな。


「安心してください、兄さん。進行方向的にこちらには来ないと思います。」


 ナナセが少し安堵した面持ちで言葉を足した。


「少しのあいだ様子を見たほうが良さそう。」


 ミカヅキの言葉。

 なにが起こってるか気になるが、盗賊であれ傭兵であれ、自分達の力が分からないうちに武装をした集団に遭遇するのは具合が悪い。

 とりあえずはこちらに来ないようだが、突如踵を返してオレ達の方向に向かってくるようであれば、スキルや魔法を使って身を隠す事も考慮に入れたほうが良さそうだ。


「兄さん待って下さい…馬蹄以外にも音がします。これは女性の声?追いかけられてるみたいです。どんどん距離が近づいてる…このままじゃ、後数分で追いつかれると思います。」


 武装した騎兵に追われている女性!?

 これはもしや…。


「追いかけられてる?事情はわからないが穏当な話ではなさそうだな…もし襲われてるのなら助けなければならない!!ナナセ、場所を教えてくれ、転移魔法で先回りしよう。」

「はあ?バカ兄、さっきの話し聞いてた?なんでよく分からない誰かを助けるために、私達がリスクを負わないといけないの。相手が盗賊だったら最悪囲まれて殺される可能性もあるのよ!?」


 ミカヅキが早口でまくしたてる。

 たしかにミカヅキの言葉は、未知の世界に迷い込んだ者が取るべき姿勢として正しいかもしれない。

 いや、間違いなく正しいだろう。

 情報が不足している場合は、とにかく慎重に行動して情報収集に努めるべし、というのは対人間の戦いにおける鉄則である事は歴史が証明している。


 しかし、ここは異世界。


 異世界には異世界のルールがある。


 そう、間違いなくこれは『序盤で重要人物を助けて後からウハウハ』的異世界転生の恒例イベントなのだ!!

 悪者に追われる深窓の令嬢、謎多きの追跡者、そこに颯爽と登場する主人公!!

 力を見せ、感謝され、敵からは『なんだと、◯◯が敗れただと!?相手は一体誰だ!!』などと警戒され、そして後から助けた令嬢が重要な国の王位継承者だったりする事がわかる、あのチュートリアルイベントに間違いないのだ!!


 しかし、妹達はあくまでミッドガルドのNPCとして生まれた身。

 そういった異世界物のお約束までは知らないだろう。

 なんか上手いこと理由をつけて説得しなければ…そうだ!!


「たしかに危険かもな。否定はできない。しかし、危険だからといってこれから起こる惨劇から目を背けていいのだろうか。ミッドガルドで我々は古の神が定めた因習と闘い、一人でも多くの無辜の命を救うため、それこそ自らの命を天秤にかけてでも歩みを止める事はなかった。その想いは未知に遭遇するだけで挫けるようなものなのか。オレは助けたい、そこに救いを求める命があるのであれば。オレは抗いたい、そこに命を弄ぶ巨悪があるのであれば。そのために力を貸してくれないか。」


 決まった…決まりすぎるほど決まった。


 我ながら驚くほどスラスラと適当な言葉が溢れる。

 ひょっとしてコレって異世界転生の初期ボーナススキルの効果だったりするのか??『カリスマ』とか『弁舌』みたいな!!

 それはともかく、いまは誰かがこの流れに続くのを祈るしかない。


「兄様のお気持ちはわかりました。私はどこまでも兄様のお供をします。」

「私も私も!!バーンと登場して、スパーンと倒して助けちゃお!!」

「救える命があるのであれば、救いたいです。」

「お兄ちゃんについてくね、その方が楽しそうだし。」

 ミカヅキを除く妹達が次々と声をあげる。


「…分かった。でも、少しでも危険を感じたらその時は転移魔法で離脱する。それが条件。」


 ミカヅキはいかにも渋々といった表情を作って言った。

 しかし、その瞳の奥底にはどこが安堵が見える。

 ミカヅキも助けたいんだろう。それをオレ達の安全を思って、あえて苦言を呈してくれているんだ。

 それはそうだよな、苦しんでる人がいれば見て見ぬ振りは出来ない。


 まして、ここは異世界!!

 正義を示し、鮮烈な異世界デビューを飾るしかない!!


「ありがとう、ミカヅキ。」

「ここまで大見得きったのなら、絶対助ける。それも約束して。」

「約束する。」

「ナナセ、方向と大まかな位置を教えて。少し先の地点に転移する。…覚悟はいい?『テレポーテーション』!!」


 ミカヅキが詠唱を始めると周囲は輝きに満ち、指先から光の粒となり転移が始まる。


「兄様、お上手です。」


 転移の直前、アツコがオレの耳元で発した言葉と僅かな笑みだけを残して、オレ達はその場から消え去った。

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