誇れる兄であるために
「申し訳ありません兄様、この男が剣を抜こうとしているのが見えたので、危ないと思って反射的に…。」
アツコが気持ちの置き場がないような表情を浮かべる。
「…いや、いいんだ。辛いことをさせてしまってすまない。」
オレの言葉にアツコは青ざめた表情を一層曇らせ、その肩は小刻みに震えている。
ダメだ、動揺している場合ではない。オレがしっかりとしていないからこういうことになるんだ。今だってオレが周囲に気を配っていれば、アツコも傭兵を即座に殺して動きを止めるようなことをしなくて済んだだろう。自分一人が悲しみに溺れ、大切な妹に罪を背負わせてしまった。
「ラグさん達を生き返らせよう。」
「何言ってるの?ワカナでも無理だったのに、どうするっていうの。」
「反魂香を試す。」
ミッドガルドでは蘇生魔法でよみがえらせることが出来ない場合、アイテムもしくは儀式魔法により復活させる必要があった。儀式魔法はロールプレイングゲームにおける教会での復活のようなもので、運営が用意した特定の場所でのみ行使される魔法であるため、この世界で行うことは困難だろう。
そう考えると、いま取れる手段はミッドガルド製のアイテムを使っての蘇生しかない。
「本気!?反魂香がこっちの世界で手に入る保証はないのよ?私達のなかで蘇生魔法が使えるのはワカナだけ。ワカナがいなくなったら私達は反魂香しか蘇生の手段を持たない。つまり反魂香は私達の命の数を同じなの。それを昨日今日あったような相手のために使うって言うの!?」
ミカヅキの言葉。
正論だ。それは分かっている。
「…それは分かっている。それでもオレは蘇らせたい。」
「兄様、この村は私達が関わらなかったとしても、いずれ人間に襲われ滅ぼされていました。それに私達は既に一度命を助けているんです。それが再び失われたのは悲しい事ですが、兄様が罪の意識を感じる必要はありません。兄様に責任はありません。」
アツコはハッキリとした口調で言う。オレを気遣ってくれているのだろう。
「ミカヅキ、アツコ、ありがとう。二人は正しくて、オレは間違った選択を取ろうとしていることは分かっている。ただオレはお前たちにとって誇れる兄でありたいんだ。オレは元の世界で何も出来なかった。誰かを助けることも、誰かを励ますことも、誰かのために何も動くことができない情けない人間だったんだ。それは結局この世界でも一緒だ。少しばかり力を得ても、性根はなにも変わらない。情けない男が一人いるだけだ。だけどオレは変わりたい。お前たちが誇りに思える兄でありたい。自分自身がそうなれると信じたい。だから助けたいんだ。」
「兄様、そこまで私達の事を…。私こそ間違っていました。私は兄様が信じる道についていきます。」
「はぁ…ここまで馬鹿正直に言われちゃうと許さざる得ないでしょ。今日のところはお人よしのバカ兄の顔を立ててあげる。」
「そうと決まったら早く蘇らせてあげましょう。反魂香だって万能じゃないかもしれないし、それにワカナをずっと泣かせておくのも可愛そうだし。」
オレはウグの亡骸を抱えうずくまっているワカナの側に行き、人数分の反魂香を取り出した。
手にすると自然を使い方が理解できる…これもミッドガルドから転生した人間が共通で持っているスキルなんだろう。
反魂香が込められた瓶の蓋を抜き去り、亡骸の周りを覆うように雫を落としていく。
すると周囲に靄のようなものが立ちのぼり、次の瞬間その靄は亡骸に吸い込まれていく。
「傷が塞がってく…。」
ワカナが抱くウグの傷が消えていき、すうっという呼吸音が聞こえた。
「ウグちゃん!!ウグちゃん生きてる、生き返ったよ、いっちゃん!!早く他の人達も蘇らせてあげて!!」
オレは同じようにラグさん達を蘇生していく。
「村の人達も蘇生しよう。」
「それで反魂香もほとんど品切れね。」
ミカヅキが悪態をつきながら笑みを浮かべる。その瞳には涙が光り、それを悟られないように俯いた。
ミカヅキも皆を生き返らせたかったのだろう。それでもオレ達のこれからの事を考えてあえて悪役を買ってくれたのだ。
「ミカヅキ、ありがとう。」
オレは感謝の言葉を述べ、犠牲になった他の村人にも反魂香を使う。
「…おかしい。」
「どうしたの?」
「反魂香が効かない。」
ラグさん達の時にはすぐに蘇生したのに、他のオーク達にはまるで別物であるかのように、ただただむなしく地面に吸い込まれていく。
そんな馬鹿な、傷はラグさん達より浅いのに!!
「…反魂香はその死者の生前の姿を煙のなかに呼び戻す霊薬。死者の生前の姿を正確に思い描けなければ使えない。ミッドカルドのアイテムも万能ではないの?」
ミカヅキが呟く。
「お兄ちゃん、今はラグさん達が生き返った事を喜ぼうよ。失われた命がすべて救われたわけじゃないけど、お兄ちゃんがいたから救われた命がすぐそこにあるんだから。」
「サヤ…ああ、ラグさん達と一緒に家に帰ろう。」




