本来の姿
「早く逃げないと死ぬことになるわよ、頑張りなさい。」
村を襲っていた傭兵を適度に間引きながら、逃げた貴族を追いかける。
傭兵達はさっきの躾の悪い犬に追いかけられていると勘違いしているのか、それとも何が起きているかも分からずとりあえず流れに身を任せているのか判別できないが、半狂乱で逃げ惑っている。
傭兵の動きは無秩序で追い立てるのに苦労するが、列から外れたり遅れたものから殺していくことで一定の流れが生み出され、うまく兄様達の方向に誘導できていると言えるだろう。
しかし、流石に人間の姿で殺しているのがバレると不味い。これでも私は弱きを助け強きをくじく正義の冒険者なのだ。
はぐれたものを一匹ずつ、確実に口封じしていかなければ。
「兄様も喜ぶわ。」
思わず独り言が出る。
オークの村を救い、傭兵たちに復讐を果たし、あのバカ貴族と傭兵たちを竜の目撃者に加える。あの冒険者はオリハルコン級とはいっても所詮は一介の無頼に過ぎない。私達も冒険者としては駆け出しで信用に欠ける。それに昇級の理由となったトロール討伐から日も浅い。
この状況でオリハルコン級冒険者と私達が伝説の大森林の邪竜と交戦したといっても、手柄目当てで口裏を合わせていると思われるのが関の山だ。もちろん証拠を捏造し、信ぴょう性をあげる算段はついてはいるが、それでも客観的にみれば大いに怪しい。
しかし、証言者に王国でも指折りの大貴族が加わればどうか。
しかも、愚にもつかないはぐれ者の集団とはいえ、複数の傭兵の言葉も加われば噂の広まり方も信憑性も段違いだ。
貴族やお仲間を狩っているところを目撃した傭兵が、私のことに言及するリスクはゼロではないけれど、まさか駆け出しの冒険者の女一人相手に、領主率いる百を超える傭兵が無様に殺され、散り散りになって逃げたとは口が裂けても言えないだろう。
貴族や傭兵は自分の武勇伝こそ語りたがりこそすれ、他人に弱みを見せるようなことはできない生き物なのだ。
兄様達の近くで一旦姿を隠し、その後に竜になり再び姿を現す。
兄様達と適度に交戦し、生き残った傭兵の半分程度を派手に引き裂き、竜のねぐら中に響きわたる雄たけびをあげてから退散し、人の姿に戻り兄様たちと合流すれば仕事は終わりだ。
オークの村は豚の焼けた不快なにおいが充満しているし、今日は町の宿に泊まりたい。ワカナあたりはそれでもオークの村に帰ると言い出しそうだが、帰る理由は処分しておいた。
でもここから町までは少し遠いか…ミカヅキの転移魔法であれば一瞬だがそれでは味気ない。
冒険とはその道程こそ楽しむものなのだから。
それならば兄妹揃って野宿というのも悪くない。
兄様と妹達と焚火を囲みながら、このあとの予定を決めよう。すっかり豚臭くなった衣服を清められるような大都市がいい。どちらにしろ兄様や妹達と共にゆく旅であればどこだって楽しいに決まっている。
傭兵の死体を10ほど増やす間に、かなり兄様達まで近づいた。あのバカ貴族は随分先に行っているようだ。流石にただの傭兵とは馬の質が違うのだろう。そろそろ頃合いか。
私は気づかれないよう脇道にそれ、立ちどまる。
竜の姿になるのは幾年ぶりだろう。
兄様に粗暴で凶悪な竜の姿を見られるのは気が引けるが、これも長女としての務めだ。
私は解呪の言葉を唱え、本来の姿に戻った。
少し頭が重く、意識にもやがかかったかのような眠気が襲ってきているのが気になったが、兄様達を目指し歩みを始めた。
 




