確かめるべき事
NPCとして自分が作り上げた5人の妹をもう一度見返す。
誰もかれもまるでゲームの世界から抜け出したかのように質感があり、ここがミッドガルドの中だとは信じられない。
フルダイブ式MMORPGは第二世代になりかなり洗練されたとはいっても、まだゲームという枠組を完全に脱しているとはいえず、モーションや会話、人物以外の風景描写などには粗が目立つところも多かった。
それが今はまったく感じられないのだ。
NPCである妹達の容姿もセリフも確かに自分が設定した内容に沿ってはいるが、いつもゲームをプレイしている時のような悪い意味でのテンプレ感はなく、実際に生きている人間と話しているような…まるでここが異世界で、そこに転移したかのような錯覚を覚える。
落ち着けオレ、よーく考えるんだ。
昨日はいつも通り深夜まで仕事仕事で、疲れ果てた心を癒すために半死半生の状態でミッドガルドにログインして、妹NPC達とクエストに出かけて…。
もう一度辺りを見返す。
リアルな世界観。
質量を持った構造物。
まるで本物の人間かのようなNPC。
寝落ちしている間にゲームがメンテや改修されたというレベルの変化ではない。
全く別物の世界。
そう異世界転生をしたら、こんな感じになるだろうなという別の次元の世界だ。
「…異世界転生!?」
「なによ、いきなり。大きな声ださない。」
我ながらビックリするような大声をあげると、すかさずミカヅキに頭をはたかれる。
痛い。
いや、痛くはないがしっかりとした感覚がある。痛覚が生きている。
光も香りも音も感触も全てがリアルで、これが夢なのであれば間違いなく過去最高の臨場感を持った、それこそ異世界レベルの夢だ。
「そうです兄様。ここはミッドガルドであってミッドガルドでない場所。私達がいつも一緒に旅をしてきた世界とは似て非なる異世界です。」
異世界転生………眠りかけていた意識が急速に目覚め、肉体の細胞がフツフツと活性化していくのがわかる。
異世界!!!!!!!!!!!
異世界転生!!!!!!!!!!!!!!!!
これが夢にまで見た異世界転生!?
飛び上がりそうになる気持ちをグッとこらえ、立ち上がる。
アツコが流した涙が濡らす頬の感触、大地を踏み締める足の実感。
夢じゃない。
オレは念願の異世界転生を果たしたんだ!!
「転生するならもっとワクワクするスタート地点が良かったよ〜。なんか辺り一面草ばっかだし。お腹すいたから、どっか街に行ってランチしようよ~。エンジェルランチ。」
「ワカナが食べるのはエンジェルランチしゃなくて、お子様ランチっていうらしいよ。精神年齢が二桁になるまではお子様ランチしか食べられないんだって。」
ワカナの能天気な言葉にすかさず、サヤがかぶせる。
「2人ともふざけない!!とにかくようやくバカ兄が起きたんだから、状況を整理する。私達はミッドガルドで冒険中、いきなりココに飛ばされた。特に攻撃された痕跡はないし、私もサヤも魔法による干渉を確認していないから、恐らく敵による魔法攻撃の影響ではない。ひょっとしたら私達が知覚できないような高位の大魔法、新しい『始祖の魔法』の可能性はあるけど、とりあえず今はその可能性は除外する。」
ミカヅキが淡々と状況を整理する。
「兄様が気を失っている間に私達で色々と試したんですが、スキルや魔法は確認した範囲では問題なく使えるようです。装備やアイテムもミッドガルドと同じく空間転移式アイテムボックスから自在に取り出せますし、いくらか持ち合わせの食糧や路銀もあるので数日野宿する程度なら可能です。しかし、ミカヅキが言ったようにどこか異世界に飛ばされたのは事実です。ミッドガルドで私達を縛っていた神の法則のようなものがなくなっているんです。その証拠に…」
アツコはそういうと唇を重ねた。
温かく柔らかい感触。
それは唇だけでなく、胸のあたりにも感じることができた。
というか、当たっている。
色々と。
夢であれば一生覚めないでほしい。
「あっちゃんセクハラ!!ハレンチ!!性獣!!!!」
ワカナがわざとらしく手で顔を覆うが、その指はしっかり開かれていてバッチリとキスシーンを見ている。
「アツコちゃん。兄さん困ってるからそれ位にしてあげて。」
ナナセの言葉にアツコが顔をゆっくりと離す。
「私はずっとこうしていても良かったんですが、今日はここまでです。」
アツコはそういうと花が咲いたような笑顔を見せる。
オレもあと一年位このままでいられたら良かった…などと言うと気持ち悪がられるのは確定なのでグッとこらえ、精神状態の均衡を保つ。
他の妹達はどことなくあきれ顔だ。
自分的にはクールな大人の余裕を見せているつもりだが、もしかして表情がにやけきってるのか!?
「アツコお姉ちゃんもう6回目なんだよ、それ。異世界に来たこと確かめるためって。さっきはもーっと過激なことしてたけど、お子ちゃまにはまだ早いからキスにしたんだよね~、ワカナ。」
「私みたいな成熟したレディーがこんなことで興奮するわけないじゃん。…だから、あっちゃん、もっと続けてもいいよ?…痛っ!!」
ふざけ合うワカナとサヤにミカヅキの容赦ない鉄拳制裁が降り注ぐ。
「わかった?アツコが今してみせた通り…ついでに私がバカ兄やワカナ、サヤにしてみたように、ミッドガルドのルール外の事もここでは出来る。他にも私達同士で闘えるとか。つまりミッドガルドで制限されてたフレンドリーファイアが解禁されてるの。」
ミカヅキの口からフレンドリーファイアというゲーム用語が登場して思わずギョッとする。
なんとなく状況が飲み込めてきた。
妹NPC達はオレと一緒にミッドガルドを旅してきたなかで得た知識や記憶があり、いまそれを元に話しているから、ゲームシステムとしての『フレンドリーファイア』やゲーム的禁止事項である『お触り禁止』について把握しているようだ。
そして、この世界ではそれらの法則が通用しないため、異世界に飛ばされたと判断しているんだろう。
つまり、ミッドガルドからこの世界に飛ばされたという意味では、妹NPC達とオレは同じ立場ということになる。
しかし、今はそれよりも確かめるべきことがある。
「アツコ、聞いていいか?」
「はい、兄様!!なんでも聞いてください!!」
「その…もっと過激なことってどんな事したのかな?いや、別に変な意味じゃなくて参考までにだな…。」
アツコが口を開こうとした瞬間、オレはアゴに強い衝撃を感じ、そして再び意識を失った。




