出来合いの英雄譚
この町のギルド長は背の高い老年の男性で片眼が潰れている。ルーフェによるとギルド長は昔冒険者だったらしく、モンスターに片目を奪われながらも相手を組み伏せ、首を切り取ったという逸話を持っているとのことだ。
冒険者ギルドの上層部は元冒険者が多いみたいだな。この辺りは交通安全協会のお偉方が警察OBに占められているのと同じく、利権が絡んでいたりするのかもしれない。
ギルド長の隣には眼鏡をかけた中年の男性が座っており、こちらは鑑定士らしい。真贋を見極めるスキルの持っているとのことで、今回であればトロールの耳のような証拠品の鑑定を行うのだ。
「鑑定のオッサンがいるってことは俺の英雄譚が疑われてるってことか、悲しいねぇ。」
「形式的なものだ、いちいち文句を言うな。」
ルーフェが軽口を叩くとギルド長が嗜めた。昔からの知り合いだと言っていたが随分親しいみたいだな。
「これが8メートル級トロールの耳か。作り物のようなデカさだな。調べてくれ。」
鑑定士はなにやら呪文のような物を唱えるとトロールの耳が青く光る。
「トロールの耳であることは間違いありません。」
鑑定士の言葉にギルド長が頷く。
「これが耳だけ異常に発達したトロールの物という可能性も有るが、少なくとも何処かの土産物屋で買った作り物でないことは確かなようだな。」
「年寄りになると嫌味まで遠回しになって嫌だねぇ。俺がいきなり復帰して冒険者成り立てのペーペーと組んだと思ったら、いきなり8メートル級トロールの討伐。あまりに話がうますぎるってことで詐欺師とでも組んで、嘘の功績をでっち上げたと思ったんだろ?」
「まあ、そんなところだ。」
ギルド長は悪びれもせず答える。
「お前の実力はよく知っている。この町では、いやこの周辺の冒険者に一対一でお前に勝てる者はいないだろう。だが同時にお前の実力では8メートル級トロールの討伐が無理な事も知っている。8メートルを超えるようなトロールで有れば最低でもミスリル級以上のチームで受ける依頼だからな。ましてや相手は一体ではないとなると…。」
ギルド長がオレ達に視線を向ける…なるほど疑われてるのはオレ達か。
「君達は異国の冒険者らしいな。なぜこの国で冒険者を?」
鋭い視線。その口調は完璧に詰問のそれだ。
「それは…。」
オレは咄嗟のことに軽くパニックになり言い淀む。
「おいおい、余計な詮索は御法度だろ?」
ルーフェが会話に割って入る。
「そもそもルーフェ、お前は彼らとどう出会った。どうして彼らの実力を知っている。まさか何も知らずに意気投合したなどとは言うまい。」
「前の雇い主の元で仕事をしてた時にちょっとな。」
ルーフェの答えにギルド長は首を振る。
「まあいい。ルーフェ、今回の功績をもって王都のギルド本部にお前をオリハルコン級に推薦しておく。他の4人はうちの権限で銅等級とする。」
「妙に気前がいいな。」
「辺境の町からオリハルコン級が生まれるとなったら王都の連中が嫉妬で歯軋りするだろう。それが見たいだけだ。」
「素直じゃないねえ、可愛い教え子の出世が嬉しいんだろう?」
ギルド長は再びオレ達のほうに向き直る。
「今回の依頼では君達の力が鍵になったのだろう。ルーフェの師として、ギルド長として、何よりこの辺境の平和を守るために戦う同士として礼を言おう。」
「オレ達が何者かはもう良いんですか?」
オレは思わず聞き返す。
「頭のなかで答えがまとまったか?いや、聞くまい。どうせ真実は聞けないのだから聞かなくても同じだ。しかし、冒険者が脛に傷を持ったはぐれものの集団だとは言っても、異国の、しかも女がメインのパーティを組んでいる冒険者などというのは嫌でも目立つ。これだけ目立つ集団を他国の密偵だという者はいないだろうが、これから君達の過去や旅の理由を詮索される機会は幾度となく訪れるだろう。この町にいる間は問題ないが、少なくとも聞かれたらすぐに答えられるようにはしておくことだな。」
オレは静かに頭を縦に振った。
トロール討伐の功績をルーフェに譲ってもこれだ。
もしこの先この国で冒険者として名を成していくのであれば、しっかりとした過去を作り込まないと、もし他に転生者がいた場合すぐにバレてしまうだろう。
ラグさんのところに帰り次第、妹達と話し合わなければならないな。




