戻ったもの、戻らぬもの
「クアンドロス公、発言をお許しください」
クローネが口を開く。
「犬っころに構う暇はない、黙っていろ!!」
「黙りません。いま仰ったことには誤りがあります。毒竜を倒したのは私でも王家の秘宝でもありません。ほかならぬイツキ様です」
「つまらぬ世迷言を!!」
「いえ真実です。抗魔の首飾りで毒竜を弱らせることは出来ました、けれども絶命させるには至りませんでした。イツキ様は未だ健在な毒竜に向け魔法を放ち、その肉体を焼き尽くしたのです」
「………ほう、そうか、なるほど………その言葉に相違ないな?」
ネロが何かを考え込んだあと、ニヤリと笑みを浮かべ、クローネに問いかける。
「クローネ、反応する必要はありません。そもそもが言いがかりなのです、私がお父様と話し事態を収めます」
「いえ、その必要はありません。毒竜を倒したのはイツキ様です。それが真実なのですから」
「フハハハハハッ、わかった、お前の言葉を信じてやろう。王を欺くとは大罪に値するが、それは毒竜討伐の功により不問に付してやる、運が良かったな。しかし、これによって新たな大罪人が誕生した。犬っころ、どうやら処刑される宿命にあるのはお前のようだ」
ネロがクローネを指差し、高笑いする。
「クローネが大罪人!?聞き捨てなりません!!」
「簡単な話だ、その犬っころは他者の功績を横取りし、王を欺いた。いや、病床の身では正しく報告できなかったなどと言い訳するのだろうが、問題はそこではない。王家の秘宝を預かりながら、それを一介の侍女にも関わらず毒竜討伐に用いたうえ、討伐に失敗し秘宝を失ったのだ。結果的にそこの男の魔法により毒竜は屠られたが、王家の秘宝が犬っころの独断により永遠に失われたのだ。まさに極刑に値する罪だとは思わんか?」
「暴論です!!クローネは適切な判断を下し、平和と安寧をもたらしたのです。得た物に比べ、失った物はあまりに小さい。罪を受けるべき者は誰もいません。いい加減、子供じみた屁理屈でご自分の欲求を通そうとされるのをお止めになってはいかがですか!?」
「子供じみた屁理屈だと!?リーゼ、お前は誰に向かって口を聞いているのかわかっていないようだな!!」
兄妹同士の言い争い。
互いが憎み合い、理解せず、反目する。
些細な感情が加速し、取り返しのつかない結果へと帰結する、そんなものは見たくない。
「………王家の秘宝が」
オレは自然と口を開いていた。
沈黙が喧騒を覆い隠し、次なる一言へと席を譲った。
「王家の秘宝があればクローネさんの罪は無くなるのですね」
「なにを…それは………」
オレは懐から一つの古びたペンダントを取り出す。
「それは抗魔の首飾り!?」
「クローネさんから王女様の大事なものだと伺っていたので、毒竜を燃やし尽くす前に探し、取り出したんです。おかげで少々服が焦げ臭くなってしまいましたが、これをクローネさんに渡したくて」
オレはクローネの手に首飾りを握らせる。
「ありがとうございます、イツキ様。そして、リーゼロッテ様。お借りした首飾りのおかげでアタシはここにいます。遅くなりましたが、お返しいたします」
「礼を言うのは私のほうよ、クローネ。戻ってきてくれてありがとう」
リーゼロッテがクローネを抱きしめる。
「互いに勘違いのせいで行き過ぎた言葉がありましたが、この通り王家の秘宝は無事王女様の手に戻りました。毒竜は倒され、汚染された土地も徐々に回復していくことでしょう。すべてが元通りになるわけではありません。失った物は戻ってはきません。けれど、これから得られる物もあるはずです。無関係のオレが口を挟むのはおこがましいですが、お二人には………兄妹にはそのような関係であって欲しいと思っています」
「………くだらん、興が醒めた、戻るぞ」
ネロは落ち着き払った声で衛兵にそう告げると部屋を後にする。
「イツキとか言ったか、この借りは高くつくぞ、覚えておけ」
ネロが去り、部屋が静寂に包まれた。




