怒りの矛先
「随分騒がしいな、リーゼ」
朗らかなひとときは不快な声色により終わりを告げた。
扉のほうに目をやると、数十もの衛兵を従えたネロが憤怒に燃えた瞳でオレを睨みつける。
「わざわざ私の部屋までお越しいただき光栄です、兄上。ちょうどいま使いをやろうと思っていたのです、イツキ様とクローネが無事カシャフの毒竜の討伐に成功したと」
リーゼロッテは唇を噛みしめる兄に視線を送ることすらせず、背中越しに既にネロが掴んでいるであろう事実のみを語った。
「ほう、ではこれはその祝勝会というわけか」
「中らずと雖も遠からずといったところです。しかし、クローネは毒竜の瘴気にあてられた身。再び体を休める必要がありますので、労いの言葉をかけに来られたのでしたら手短に願えますか」
ネロの目的が労いでないことは明らかだが、王女たるものこれくらい堂々と思ってもいないことを言えないと駄目なんだな。40を目前に控えながらバイトの高校生相手に腹芸ひとつ出来ないオレとしては、貴族間のねちっこいやり取りを見ているだけでヒヤヒヤしてしまう。
「自分のペットが少しばかり役に立ったからか上機嫌だな、リーゼ」
「ふふっ、流石に今回ばかりはクローネの功績を否定されないのですね。少しばかり口の悪い兄上からのお褒めの言葉、素直に受け取らせていただきます」
リーゼロッテの言葉にネロがこめかみに青筋を立て、唇から血が出そうになるほど強く噛みしめる。
「フハハハハハッ、増長ここに極まれりといったところか!!お前の尊大な本性を観察するのも悪くないが、次期国王たるこの俺が自ら足を運んだのは、そのようなくだらぬ言葉遊びに興じるためではない。お前の子飼いの冒険者、イツキ・キーファーライスフェルト、貴様の処刑を伝えに来たのだからな!!」
イツキ・キーファーライスフェルト………ってオレの名前か!!
勢いでつけたから名字部分が未だに自分の名前って感覚が薄いんだよな、こっちの世界ではフルネームで呼ばれることもないし。
はあ、しかし、処刑か。
一難去ってまた一難だな。
どうしたものか………ん??処刑???
オレが処刑!!??なんで、どうして!!!???
「兄上、私の聞き間違えであることを祈りたいのですが、今なんと仰いましたか。既に国王陛下が恩赦を命じられたイツキ様に対し、臣下の身である兄上が処罰を、しかも、処刑を命ずると聞こえたのですが」
「フハハハハハッ、平静を装おうとも声が震えているぞ、リーゼ!!何度でも言ってやろう、そこの薄汚い冒険者は極刑に処されるのだ!!!」
「王族の名誉を汚した罪に関しては毒竜討伐の功をもって贖われました!今さらなんの咎があるというのですか!!」
「確かに毒竜は討伐された。しかし、それはこの男の手によってではない、ましてやそこの人狼の功績でもない。こいつ等は王家の秘宝たる『抗魔の首飾り』が受けるべき称賛の残りかすを食い荒らしているに過ぎん。そこで英雄面をして寝そべっている犬っころがやったことといえば、王家の秘宝を毒竜に喰わせただけ。そこの間抜け面に至っては惨めにも毒で動けなくなった犬っころを引きずり、王都まで連れ帰っただけだ。毒竜は討伐された、王家の秘宝によってな。不敬にもそれを毒竜に投げつけた犬っころの功績をわずかばかり認めてやらんこともないが、その場にいながら毒竜に臆し、何もできずに逃げ帰ったその男の功績ではない。断じてな。父上もお前の口先だけの言葉に惑わされ、恩赦などというくだらぬ下名をなされたが、その誤りはのちほど解いておこう。お前達、この者を捕え刑場につれてゆけ!!」
衛兵がオレを取り囲む。
本気か!?確かに表面上はオレはクローネの手助けをしたにすぎないが、それでも二人で毒竜を倒し、地域一帯をその脅威から解放したことは事実だ。
国王が今言ったような詭弁に流されるとも思えない。明らかな独断専行、自らの立場を悪くしてでもオレを排除しようとするのは何故だ?妹への嫉妬?それともオレへの個人的な恨みを晴らすためか?




