栄誉よりも大切なもの
「アタシの代わりに毒竜を倒して下さったのでしょう。いいえ、これ以上お気遣いは結構です。人狼は勘が鋭いのです、加えて言うのであれば嗅覚も。衣服に残る微かな焦げ臭さ、これは焚火のものではありません」
「………気づいていたんですね」
「半分は山勘です、でも今確信に変わりました」
しまったという表情。
我ながら可愛げのない女だと思う。しかし、毒竜討伐の名誉は真の功労者にこそ与えられるべきだろう。
「アタシは体調が回復次第、国王陛下のもとに伺候することとなります。その場にご同席願えますでしょうか。心配する必要はありません。アタシのような超絶美少女が命を賭して戦った姿を見て、ついつい毒竜討伐の栄誉を譲りたくなってしまったと言えば、陛下も納得せざるを得ないはずです………………ジョークなので笑っていただけないと恥ずかしいのですが」
アタシが言い終えると、焦っている表情が琴線に触れたのか、笑みを浮かべる。
「すいません、可愛いなと思って」
「へっ?」
「あ、いや、そういう意味ではないです!!毒竜討伐についでですが、再び陛下の前に出るのは遠慮させてください。ただでさえ緊張しどおしだったのに、もう一度陛下の前でアレコレ話すと考えただけで胃が痛くなってきます。それに先ほどの勘は半分正解で、半分間違いです。クローネさんが首飾りを投げ込んだ時点で毒竜の命はほぼ尽きていました。しかし、あのままの状態で放置すると、腐敗と共に瘴気が辺りに広がり、遠くに住む獣人や亜人にまで被害が出かねないと考え、死体処理のために魔法で焼いただけです。オレは後始末をしたに過ぎません、毒竜討伐の称号はクローネさんにこそ相応しいです」
「嘘をつくときは淀みなく、早口、ついでに笑顔も自然なものになりますね。普段からそれが出来れば、もっと女性にモテると思いますよ。アタシも貴方の素を知らなければ騙されるところでした」
アタシの恩人は言葉に苦笑で返す。
「人狼の話なら忘れてください、最早アタシが少々功績を立てたところで、人々の人狼を見る目が変わるような単純な問題ではないのです。王家に伝わる秘宝である首飾りを使いながら、毒竜を退けられなかったということも懸念されているのかもしれませんが、それも心配には及びません。どのような形であれ毒竜はこの世から消え去ったのです。僅かばかりの足止めであっても、お役に立ったのであればリーゼロッテ様は何もおっしゃいません。長年人々を苦しめてきたカシャフの毒竜が消え去ったという慶事の前では、貴族たちも些細なことは気に留めないでしょう。例の御仁はともかく…」
「いえ、関係ありません、オレはオレの知っている事実をお話しているだけですから。話はこれで終わりです、王女殿下にご挨拶をしたら妹達に会いにいかなければならないんです。そろそろ戻らないと、恩赦記念の料理が冷めたやらなんやらで怒られてしまうので」
今度は嘘のない笑顔。意地でも認めたくないらしい。
こうまで固辞されると、アタシも徹底抗戦といきたくなるけれど、彼にはドラゴンスレイヤーという称号よりももっと大事なものがあるのだろう。ならば、アタシにそれを止める権利はない。
「かしこまりました。貴方の勇姿はアタシの心の中だけに刻んでおきます。でも、いつか真実を話せるときになったら、毒竜殺しの美名を肩代わりしてください。アタシのようなか弱い美少女の肩には少々重い荷ですので」
アタシは自分で言いながら思わず吹き出す。それに呼応するようにもう一つ笑い声があがる。
「笑い声が隣室まで響いていますが、もう秘密のお話は終わったのですか」
恐らく廊下をウロウロと歩いていたのかリーゼロッテ様がひょっこりと顔を出す。これ以上仲間外れにするのは敬愛する主人に対し礼を欠くというものだ。
アタシはあの頃のように手招きをし、リーゼロッテ様が早足で部屋のなかまで駆けてくる。離れ離れになった二つの人生が再び重なり、3つの笑い声が響いた。




