夢の先
「クローネ、クローネ………」
懐かしい声。
お母さん………違う、アタシはお母さんを知らない。記憶に蓋を閉じ生きてきた。そうしないと心が引き裂かれそうで自分の足で立つ事すらままならなかった。
でもこの忘れたいことばかりの人生で、この声だけは忘れられなかった。
申し訳ありません、リーゼロッテ様。アタシはやはり弱いままでした。森のなかで震えながら救いが来るのを待っていたあの日と同じ、弱いアタシがここにいます。アタシはもう貴方について行くことは出来ません。もう共に歩くことも、笑うことも出来ません。
だけどいいんです、貴方が夢見る世界を作るために、アタシは隣にいるべきではないんです。
「ダメ、行かないで、私を一人にしないで………」
いいえ、一人じゃないです。リーゼロッテ様は馬鹿で間抜けで自分勝手で正論ばかりで、鼻持ちならないお姫様で、アタシでも頭を叩きたくなることありますが、貴方が踏みだすその一歩が、貴方だから踏みだせたその一歩が、多くの人を救ってきたんです。
気づいてください、貴方の周りには志を同じくする多くの仲間がいることを。アタシのせいで、人狼が側にいるせいで近づくことが出来ない彼らの力は、きっとリーゼロッテ様を支えてくれます。理想の世界を一緒に作ってくれます。
もしアタシが生まれ変わったら、貴方の作った世界で生きたいんです………ですから、アタシの役目はもう終わりです。
「違うの、私はクローネと一緒に作りたいの、誰もが自由に生きられる世界を………帰ってきて、夢の先に着いたのに、貴方がいないんじゃ意味がないから」
冷たい。
指先が硬く強張っている。
自分の体でないみたいに重たい。
まるで誰かがアタシのうえに乗っかっているみたいに………。
「………リーゼロッテ様、重いです、病人の体のうえにのしかかるのは止めてください」
「………クローネ?クローネ!!」
アタシが目を開けると、体に覆いかぶさるリーゼロッテ様の姿が視界にはいる。冷たさの原因はグシャグシャに濡れたこの顔のせいだ。
仮にも一国の王女がそのような表情をしてよいと思っているのですか?そう、悪態をつこうと思ったが、言葉が喉の奥につかえて上手く出てこない。そうか、年頃の女性にあるまじき状態になっているのはアタシも同じらしい。アタシ達は互いを互いの涙で濡らしながら抱き合った。
「なんでこんな無茶をしたの、もう少しで死ぬところだったのよ………」
「………申し訳ありません」
アタシは思い浮かんだ様々な言い訳を飲み込み、謝った。独りよがりな行動を説明するのは簡単だ。けれど、浅はかな思いでこれ以上リーゼロッテ様を傷つけるわけにはいかない。
「いいの、許してあげる、生きていてくれただけでいいの。それだけで私はもう何もいらないから。貴方、クローネが目を覚ましたことを伝えてくれる?きっと心配してると思うから。もしこの部屋にお越しいただけるならお通しして」
リーゼロッテ様が侍女に言伝を頼んでいる。
いったい誰にアタシの安否を伝えるというのだろう。




