正しさとは
「なんのつもりだ、死にたいのか」
父が剣を引き、後ずさる。
「お母様は言ってた。お父様は間違ったことを正すために王になったんだって。だから迷惑をかけないように王宮から出たことに後悔はないって。それはお父様がこの国を良くしてくれるから、苦しんでる人たちを助けてくれるから。私もそう思ってた、信じてた」
涙が再び溢れた。
でも悲しくはない。
「だから嫌いな勉強も頑張れた。友達と遊べないのも我慢してきた。迷惑をかけちゃいけないから、この国の人達のためになるんだって、お母様が言ってたから。お母様がお父様のためにすべてを捧げてたのを知ってたから」
流れ落ちる血に胸元は真っ赤に染まり、それでもなお首筋を伝う血により、その染みはますます広がっていく。凄い血の量、私ここで死ぬのかな。きっとそうなんだろう、だけど不思議と痛みも恐怖も感じなくなっていた。
「でも違った。この国は全然幸せになんかなってなかった。神王の民がどうとか、始祖の民がどうとか、人狼が、シェイプシフターが、皆が口にするのは他の誰かを呪う言葉ばかり。悲しい言葉ばかり。クローネは辛そうだった………違う、クローネだけじゃない、クローネを責める人達の顔も辛そうだった。クローネは人狼で、牙も爪もある。それが人を傷つけることが出来るのも知ってる。でも、クローネはどれだけ嫌われても、蔑まれても、石を投げられたって、それを人を傷つけるのに使ったりしなかった。それをしたら、本当の獣になってしまうから」
そう、クローネはこんなに小さな体で一人で戦った。
誰かを傷つけるためじゃない、誰かを守るために戦った。
「ここには化け物なんかいない。人食いも、人殺しも、そんなの何処にもいない。ここにいるのはクローネ。私を助けるために………自分以外の誰かを助けるために、命をかけて戦ってくれた人狼の女の子。私のたった一人の友達」
足元がふらつく。きっと血が流れ過ぎたんだ。
クローネ、大丈夫?こんなところで寝てると風邪引くよ。ほら、お屋敷から毛布持ってきたからさ、使ってよ………あれ、おかしいな、さっきまであったはずなのに。ゴメンね、私の羽織しかないけど、これで我慢して。凄く疲れてるんでしょ、私もなんだか凄く体が重いの。
「私は王様になりたいって思ってた。お父様の後を継いで、小さい頃にお母さんが教えてくれた夢みたいな理想を国のために頑張りたいって思ってた。でも、今は違う、王様になんかなれなくたっていい。正しいと思う事を正しいと言えないなら、王様になんかなれなくてもいい!!」
私が何かを言っている。そう、王様なんてどうだっていい、クローネが安心して生きていける世界が手に入るなら、他には何もいらない。
お父様、だからもうこんな物はしまって、私達の世界に殺すための道具なんて必要ない。
握りしめた刃から血が噴き出した。
「クローネを殺すならその前に私を殺して。正しさが力に負ける世界をお父様が作りたいなら、私はそんな世界も、そんなお父様も見たくない」
かすんでいく視界のなかでお父様の瞳に光る物が見えた。
それはきっと、私の頬に伝っているものと同じものだ。




