王として、父として
「少し見ぬ間に身体ばかり大きくなったな」
私を見下ろす冷たい瞳。
「お父様………?」
記憶のなかに微かに残る父は、もっと穏やかな顔をしていた。
幼い頃の思い出にすがるしかない私にとって、目の前にいる飢えた狼のような険しい顔つきをしている男は、父の皮を被った別の生き物のように思えた。
「陛下の御前である。控えよ」
年老いた近習の言葉に、村の人達が一斉に跪き、未だに手に持っていた石を地面に捨てる。
「わざわざ王都から足を運んでみればこの有様か。もう少し賢いかと思ったが、期待外れのようだな」
失望と無関心が入り混じった低く硬い声が私の心を抉る。
そうか、やっと分かった。私は王都に売られるはずだったんだ。だから私は見逃されていたんだ。もうどうでもいいから、自分達に関係がなくなるから、これ以上面倒な小言を言う必要はないと思ったんだ。
だけど、売る前に変な噂がたって値が落ちるといけないから、クローネを始末しようとしたんだ。すべては私が王都で新しい役割を果たすため、それだけのためにクローネもこの人も傷ついたんだ。
私は要らない子だった。でも今は利用価値が出来た。誰にも愛されなくても、私には利用価値がある。王族として、国王の唯一の実子としての利用価値が。
なら、私がすべきことは一つだけだ。
「お父様、二人を助けてください。なんでも言う事を聞きます。王都では大人しく与えられた役目を務めます。二度と自分の責務から逃げません。だから………だからクローネを助けて」
どれだけ堪えようとしても涙があふれてくる。
なんで?どうしてクローネは傷つかなければならなかったの?私がいなければこんな事にはならなかったの?
「人払いを………獣人の娘もだ。おって沙汰を伝えるまでは生かしておくように。早くせい」
老臣が命じると衛兵達が慌ただしく動き出し、村の人達は牧羊犬に追われる羊のように、ノロノロと村へ帰っていく。
「口止めはいたしますが、人の口に戸は立てられぬもの。この度の醜聞、貴族共が手を叩いて喜びましょうな」
「言わせておけ、夜毎舞踏会を開いてはくだらぬ噂話をするしか能のない連中だ。むしろ問題は実の娘が王家に名を連ねるに値せぬ、くだらぬ思想の持ち主に育ったことだ。あれの頼みということで聞いてはやったが、やはりこのような田舎町で養育すべきではなかったな」
「養育係には私のほうで処分を申しつけます」
「構わぬ、私の落ち度だ」
お父様が小さくため息をつき、そして私の方に向き直った。
「今から言うことは王としてのものではなく、父としての言葉と理解しろ」
王?父?
私にとってはそんなことどうだっていい。クローネの命を助けてくれるなら、例え悪魔だって構わない。
「リーゼロッテ、父としてお前に命じる。そこをどきなさい。人狼は殺さなければならない。それが掟だ」
冷たい瞳、冷たい声、感情のない言葉が私の耳を通り過ぎる。




