閉じた記憶
「おいっ、投石を止めろ、お屋敷のお嬢さんだ!!もし死なれでもしたら、村ごと消されるぞ!!」
音が止み、雨粒のように降り注いでいた石礫は、ただの石ころに変わっていった。
「クローネ!!目を開けて、クローネ!!」
どうしよう、身じろぎひとつしない。
息は!?息はある、心臓も………動いてる!!頭から血を流してるけど、生きてる。
「誰か、二人を村に連れ帰って治療してあげて!!酷い怪我なの!!このまま放っておいたら死んじゃう!!」
森の奥で揺れていた炎が顔が分かる距離まで近づいて、暗闇から見知った村の人達の顔が現れる。
「お嬢さん、安心してください。もう大丈夫です。お怪我はないですか?」
「あっ、ありがとう、でも、この二人が」
「ああ、そいつは気にしないでください。近くの森に住んでた獣人です。村の畑を荒らすって噂を聞いたんで、若い衆を森にやって捕まえたんですよ。ちょうど良かったので、ゴブリン共とソレを引き寄せる餌にしたんですが、効果覿面でした」
「しかし、こいつ等にも仲間意識があるのは意外だったな、耳付きと耳なしで縄張り争いを始めるかと思ってたんだがなあ」
村人たちがドッと笑い声をあげる。
ゴブリンに襲われていた女の人の頭には獣人を表す獣の耳があって、足は鎖に繋がれ、腱からは血が流れていた。
囮にしてたんだ、クローネが怪我をした女の人を助けることを知ってて。動けないようにして、囮にしたんだ。
「どうして、どうしてこんな酷いことが出来るの!?」
「どうしてと言われましても、お屋敷からの命令なもので。それに獣人なんてものはいなけりゃいないほうが良いに決まってますからね。王都のほうじゃ共生だなんだと言ってますが、それをこんな辺境の村にまで押しつけられちゃ、かないませんよ」
「クローネは、クローネはどうなの?」
村の人達がため息をつき、視線を逸らす。
「鬼子という奴かね。いや、人狼に憑りつかれたということにしておこう。おいっ、お前達、人狼と獣人を始末しろ。全部持って行かなくても、獣だと分かれば買い取るって話だ。頭さえ切り取れば、残りはお前達の好きにしてかまわん」
始末?
頭を切り取る?
殺すの、クローネとこの人を?
「お嬢さん、気持ちはわかりますが、そこをどいて貰えませんか。儂らとしても手荒な真似はしたくないんです、お屋敷からお叱りを受けるもので」
「いやっ!!二人とも何も悪いことなんてしてない!!クローネはゴブリンに襲われてた私を助けてくれた。動けないこの人を守るため命を賭けて戦ったの。貴方達は人狼と獣人が悪いことをするから憎んでいるんでしょ?違う、二人とも何も悪いことなんてしてない!!」
「仕方ない、お嬢さんを奥にお連れしろ。くれぐれも怪我をさせるなよ」
「ダメっ!!!!やめて!!!!!!!」
なんで誰も分かってくれないの?
どうして目の前の真実から目を背けるの?
自分が見たことよりも昔のお伽話をありがたがるの?
「静まれっ!!ここで何をやっている!!」
馬?兵隊??
村の方から森を縫うようにいくつものいななきが聞こえる。ガチャガチャという鎧がぶつかり合う音、蹄が地面を蹴り上げる音。
ずっと昔、私がまだ小さかった頃に子守歌みたいに聞こえていた、懐かしい音。
松明の灯りが一際大きな馬を照らしだす。夜に溶けそうな黒くて綺麗な毛艶をした馬に跨っている男の人を私は見たことがある。
記憶のずっと奥底にある、忘れようとしていた記憶だ。
「陛下、わざわざ自ら馬を御してお越しにならずとも、我々が始末をつけますので、どうか馬車までお戻りください。この辺りにはまだ人狼が隠れ潜んでいるという情報もございます。もしものことがありましたら、国家の存亡に関わる一大事ですぞ」
陛下と呼ばれる大柄で立派な顎髭を蓄えたその人は、かつて私が父として慕っていた人だった。




