勝利と犠牲
「行きますっ!!」
クローネが全力で駆けだす。
「マジックバリア!!」
オレは毒竜の目の前に障壁を発生させる。走り寄るクローネに向かい触手が伸び、その肉体を貫こうとする。
「させるかっ『ダークネスバインド」!!」
触手が一瞬拘束され、クローネがそれを足場に毒竜めがけ跳躍する。
「今ですっ!!!!」
叫び声に合わせ魔法を解き、クローネが無防備なまま毒竜に対峙する。
クローネの腕がしなり、ペンダントが投擲され、毒を噴霧するために大きく開いた口に呑み込まれていく。同時に毒霧が口元から吐き出され、クローネの身体を包む。
「マジックバリア!!」
即座に毒は遮断され、クローネは崩れ落ちるように地面に足を着く。
間に合ったか!?
「グアァァァァァアアアアア!!!!」
毒竜が悶絶するように暴れ回り、辺りかまわず触手を伸ばし、体液をまき散らす。
その表皮から、口から、触手から、ありとあらゆる場所からとめどなく様々な液体が流れだし、大地を覆わんばかりだった巨躯はみるみるうちにしぼんでいく。
「クローネさん!!」
今にも崩れ落ちそうになるクローネさんの身体を抱き起し、その場を離れる。息はしている、しかし、呼吸は荒く、身体は小刻みに痙攣している。マジックバリアが途切れた刹那、クローネさんは確かに毒霧に包まれた。呼吸機能に作用する神経毒を吸ったのだろう。
どうする、オレの魔法に解毒効果のあるものはない。反魂香で復活させるか?いや、不確実性が高すぎる。オレ達のパーティーは元の種族特性やアイテムにより毒への完全耐性が付与されているため、抗毒薬も持ち合わせてはいない。
どうする、どうすればいい!?
そうだ、クローネさんが持っている解毒薬………これだ!!
毒竜の毒に効果があるかは分からないが、イチかバチか試してみるしかない。
「クローネさん、薬飲めますか!?クローネさん!!」
ダメだ、呼吸が浅く、弱くなってる。意識もない。
「すいません………」
オレは解毒薬を口に含み、口移しでクローネさんの喉に薬を流し込んだ。
「大丈夫です、これできっと治ります………リーゼロッテさんのところに一緒に帰りましょう」
マントを脱ぎ、その上に身体を横たえる。
「オレは自分が為すべきことをやります」
振り返ると半分ほどに縮んだ毒竜が体液の跡を地面に残しながら、こちらへやってくるのが視界に入る。
もし自由に力を使ったとしたら、そして誰も倒すことの出来なかった毒竜を一撃で葬り去ることが出来ると王国全土に知れ渡ったとしたら、オレ達はどうなるだろうか。
英雄として祭り上げられるのか、それとも危険因子として飼い殺しにされるのか、国を追われるのか、他の転生者に狙われるのか………分からない、分からないが、オレが力を隠すことでこれまでどれだけの人間が危険に曝されただろう。
自分が正しいと思う道を進むと言っておきながら、結局オレはどこまでも半端で、いつも自分の都合の良いように現状を追認してきた。これがその報いだとしたら、代償を支払うべきは彼女ではなくオレだ。
「極位『プロミネンス・インフェルノ』」
オレの精神状態が具現化されたかのような煮え滾るマグマの塊が顕現し、爆発四散し、溶岩の渦が生き物のように毒竜を喰らい尽くしていく。
毒も肉もその全てを燃やし尽くす業火を見つめながら、オレの脳裏にはただひとつの言葉がこだましていた。




