地雷
「まだ寝ているのですか?とっくに出立の予定時刻は過ぎておりますが」
不意に耳元で囁かれる言葉にオレは思わず飛び起きる。目の前には豊かな赤髪を風に揺らす美女の姿。
オレは混乱する脳内を整理するように深呼吸をする。
なにか夢を見ていたような………ダメだ、何も思い出せない。
「寝ぼけているのですね。このような場所でアタシのような美女を前にいびきをかきながら眠ることが出来る胆力は流石かと思いますが、焚火もとっくの昔に消えています。森でも野営は魔物の格好の的です。ネロにより短縮された討伐期限のこともあります、先を急ぎましょう」
クローネは手際よく火の始末をすると、あっという間に荷物をまとめ、必死に用意をするオレに冷たい視線を向ける。
ふう、ようやく頭が冴えてきた。
国王から毒竜の討伐を命じられてから早5日。オレとクローネは毒竜が潜むというカシャフという場所まで後1日という所まで歩を進めていた。
監視はクローネ一人。ネロの手の者が取り囲むようについてきて、場合によっては寝首をかこうと虎視眈々とオレの隙を窺うというような構図を想像していたが、王宮内でどういった綱引きが行われたのかわからないものの道案内と監視を兼ねたクローネのみが同行者となり、気楽な二人旅をすることになったのだ。
いや、二人旅には違いないが『気楽』というのは嘘だな。
元の世界でも女性と二人で旅行にいったことも………なんなら遠出をしたことすらないオレが、まともに目も合わせられないほどの美女と四六時中行動を共にして、緊張しないわけがない!!
「どうかなさいましたか?」
クローネは頭を抱えるオレを不審に思ったのか、覗き込むように声をかける。
いや、近いです、顔が。
純粋なビジュアルであれば、妹達のほうが数段上なものの、こちらの世界の人間はとにかく容姿端麗なこともあって、こういった経験がやや不足気味なオレとしては、まともに顔を見ることすら難しいんだよな。
うう、妹達とメッセージで会話して精神の均衡を図ろうにも、クローネと二人旅ということを悟られないように『討伐イベント中はメッセージで連絡取り合えない方がミッドガルドっぽくて緊張感があるから、お互いピンチにならない限りはメッセージ禁止で』と言ってしまった手前、自分から声をかけるのも躊躇われる。
今さら二人旅なのがバレたら、やましいことがあって隠しているようにしか見られないだろうしな………やはり連絡を取るのは控えよう。
しかし、共に旅を始めて4日目ともなるのにこの調子では流石に気持ち悪がられる。
なにか、適当な会話を………そうだ。
「いえ、鮮やかな手際だなと感心してしまって。冒険者のオレより遥かに慣れてる感じですね。王宮付きのメイドともなると、あらゆることに精通しているんですね」
よしっ、女性との会話はとりあえず褒めるのが基本だからな。ランチタイムの主婦パートをはじめ、女性が圧倒的に優位な職場で16年間もの長期にわたり積み重ねた経験が活きる時だ。
「………アタシは人狼ですので」
クローネはそれだけを言い、無言で歩き出す。
………えっ、なんか地雷踏んだか!?
オレは歩調を早めたクローネの後ろをピタリとつけると、続く言葉を懸命に探した。




