逃亡のススメ
「無様ですね」
光も届かぬ、王宮の外れにある地下牢。わずかなに差し込む月明かりに照らされた真紅の頭髪が真夜中の訪問者が誰であるか告げていた。
「面目ないです」
オレは横たえていた身体を起こし、頭を下げる。
「大丈夫なんですか、こんな所に一人で来て。見つかれば問題になるんじゃ」
「この時間の牢番にはネロの息はかかっていません。少しばかり出費は伴いましたが………」
クローネはそこで言葉を区切った。
形容しがたい沈黙が重苦しい地下牢を空気を一層重くする。
「毒竜を倒せ、それが王命です。これがどういう意味かわかりますか」
クローネが詰問かのような口調でオレに問いかける。
彼女の怒りは最もだ。国王の提案に逆らい、仲裁にはいった王女の面目を潰し、新たな火種を生んだオレへの感情は、怒りを超えて憎悪にまで膨れ上がっていてもなんら不思議ではない。
「死んで罪を償えということですね。分かっています」
答えると彼女は向き直り、オレを真っすぐと見据えた。
「その通りです。貴方が死に、ネロ様の溜飲が下がり、国王陛下は安堵します。貴方が死ねば、すべて丸く収まります」
厳しい口調に彼女の苛立ちが現れている。オレはただ彼女の言葉に耳を傾ける事しか出来ない。
「これ以上リーゼロッテ様に迷惑をかける前に死んでください、と言ったらどうしますか」
「それが命令であっても、出来る範囲で抗います。オレには帰りを待つ妹がいます、勝手に死ぬわけにはいきませんから」
「………滑稽ですね、勝手に命令の意味を取り違えてカッコつけて。妹さん達はさぞ苦労されているでしょう」
クローネがため息まじりに言う。
「どういう意味ですか?」
「死んで来いというのは建前です。これを」
差し出された書状を受け取ると、クローネの指輪から柔らかな光が零れ、文字が浮かび上がる。
「これは………通行許可証、ですか?」
分厚い羊皮紙からは真新しいインクの香りが広がり、この書状がついさっき記されたものであることを示していた。
「毒竜が潜むカシャフ湖沼はケルキヤ王国の国境付近。ネロの領地に隣接しているとはいえ、そこまで行けば警備の目も緩みます。ましてや、毒竜が住まうという湖畔に近づこうなんていう物好きは王国全土をひっくり返しても誰もいません。途中までは監視が付きますが、誰も反逆者と死を共にしようなどという者もいませんから、最後は貴方が一人で戦いに赴きます。貴方が実際に毒竜を討伐するかどうかの証人などいるはずもないのです」
「なるほど?」
それが通行許可証とどういう関係があるんだ?
「………察しが悪いですね、脳みその代わりにカブトムシでも入ってるんですか?隙を見て逃げろと言っているんです、国外に」
逃げる?オレが??
思わずクローネの顔を覗きこむと、そこには穏やかな微笑を湛えた年相応の少女の姿があった。




