大人の余裕
「客人をお連れしました」
王宮の一角にある廃屋から隠し通路を通り、オレ達は目も眩むかりに煌びやかな一室に辿り着いていた。歩くたびにくるぶし程まで沈み込みそうな深紅の絨毯は、およそ旅塵に汚れた冒険者が立ち入って良い場所ではない事を示している。
「おお~、お姫様って感じの部屋だね」
緊張で止まりそうな心臓に、ワカナの能天気な歓声が染み込んでいく。こんな時でもマイペースなワカナがいてくれるのは助かるな。
「まっ、さっきまでの素っ頓狂な格好で再会しなくて安心したでしょ。それとも、メイド服のままが好みだった?」
ミカヅキの言葉にオレは鏡に映る自分の姿を確認する。そこにはミッドガルドで見慣れた姿があった。
「ありがとう、ミカヅキ助かった」
「向こうでも貴族が着るような装束を用意してくれてたみたいだけど、ただでさえ雰囲気に飲まれてるのに、着慣れない服装で絨毯のたわみに躓きでもしたら私達全員の恥になる。別にここが何処であろうと、相手が誰であろうとバカ兄はバカ兄でしょ。少しは落ち着きなさい」
ミカヅキはオレの方に視線を向けるでもなく呟いた。
昨日メイド服での潜入が決まった際に、その格好のままでは都合が悪いだろうと思ったミカヅキがこっそりオレの服を持ち込んでくれたわけだが、テンパってしまいやすい性格なだけにこういう細かな配慮は本当に有難い。
ミカヅキの言葉通り向こうでもオレの謁見用の衣服を上下一式準備はしてくれていたようだが、貴族が着るような豪奢な物をオレが身に着ければ、『初めてのコスプレ』のような取り返しのつかない失態になるのは目に見えてるからな。
「王女殿下の支度が整いました」
クローネがそう告げ膝を折ると、日差しを反射しキラキラとした輝きを帯びているレースのカーテンがゆっくりと開かれる。
「わあっ!!近くで見るとやっぱりカワイイ~、ワカナには負けるけど」
「何言ってるの、失礼でしょ!!」
「いいんです、わざわざお越しいただき感謝します、可愛らしい冒険者さん」
ワカナとミカヅキの場違いなやり取りに笑みを浮かべる豪奢な装束を身にまとった少女をオレは知っている。そう、彼女こそオレが競技場で救ったケルキヤ王国の王女リーゼロッテだ。
年の頃はワカナと同じくらいだろうか。
その身体つきは遠巻きに目にした時よりも更に華奢で、女性というよりも少女であることを強く感じさせる。髪は窓から差し込む柔らかな光をうけ黄金の冠のように輝き、その肌は白く煌いている。
「初めましてというべきですよね。私はケルキヤ王国第一王女、リーゼロッテと申します。こちらは侍女のクローネです」
リーゼロッテは深々と腰を落としお辞儀をし、クローネもそれに合わせ深々と一礼をする。
「この度は無理を聞き入れて頂き、謁見の場を設けて頂いたこと感謝いたします。私はミカヅキと申します。こちらは兄のイツキと、妹のワカナです。以後お見知りおきを」
「お見知りおきを~」
うんっ、早速ミカヅキに台詞奪われたぞ。
しかし、潜入前の勢いからすると王女に食ってかからんばかりの勢いで文句をぶちまけるかと思っていたが、想像よりも遥かに和やかな雰囲気だ。
兄として、リーダーとして、何よりも事件の当事者としてビシッと決めようと考えていたが、ミカヅキがいつも通り冷静ならば交渉事は任せた方がいいな。オレは脇で強者の風格と大人の余裕を醸し出しながら、大人しくしていよう。




