スパイ
「いっちゃん、そろそろ時間だよ、こっちこっち」
先行するワカナが手招きする。
「こんな所にも門があるのか」
指定された場所には王宮内部に繋がっているとは思えない、簡素で武骨な鉄製の門があった。
「あっ、ろっちゃん!!」
「ワカナちゃん!!」
門から顔を出したロロを見つけると、ワカナはすぐさま駆け寄り熱い抱擁を果たす。
「元気だった?」
「うん、ワカナちゃんのおかげで王都に帰った次の日からお仕事に戻れたの。誘拐されたことも色々聞かれたけど、強くて可愛い女の子が助けてくれたって何度も説明したら、そのうち何も聞かれなくなったんだ。本当にありがとね」
それって確認する側が面倒になったパターンなんじゃ………という言葉が口から飛び出そうになるのをグッとこらえる。まあ聴取した事実をありのままに記載するとわけがわからなさすぎて、報告書を作る気力がなくなるのは容易に想像できるな。
それにしても、いいな。
メイド服姿の美少女二人が抱きしめ合いながらキャッキャとはしゃぎ合う光景は健康にいい。実にいい。凄い勢いでガンマGTPが改善してくのが分かる。
「イツキ様もよく、プッ…………よ、よくおいで下さいました」
ロロさん?いま笑わなかった??
どうして目を逸らすのかな??
他の誰でもない君が用意してくれた衣装だよ???
「感動の再会に水を差すようで悪いけど、ただえさえ悪目立ちするのが一人いるし、早く安全なところに移動したいんだけど」
弛緩する空気を引き締め直すようにミカヅキが口を開く。
「あっ、申し訳ありません、お姉さんですよね。エルフって嘘じゃなかったんだ、キレイ………す、すいません、見惚れちゃって。こちらです、どうぞ」
ロロは顔を真っ赤にし、表情を隠すように俯きながら門を開ける。
「ありがと」
褒められたミカヅキも長い耳の先まで真っ赤にしている。
うん、なんかいいな、この空間、寿命伸びそうだ。
ロロの導きでオレ達は裏口から王宮のなかに入る。小間使いの格好を借りてはいるが、近づかれればすぐにボロが出てバレるだろう。オレに至っては男だし。というか、おっさんだし。
「なんかスパイみたいで楽しいね」
ワカナが声を弾ませる。確かに絶対見つかってはいけないと言われるとドキドキ感が半端ないな。
小学校の頃、近所の不良中学生にカツアゲされそうになり、相手の自転車を思いっきり蹴ってその隙に団地に逃げ込んだことを思い出すな。階段の踊り場で息を潜めて隠れていた時に、部屋を出た住人に遭遇してもうダメだと思ったけど、子どものかくれんぼだと勘違いして黙っててくれたんだよな。
それから夕方になっても、日が暮れてもまだ怖くて、ずっと踊り場に座り込んで。夜になってようやく家路に着いたら、親が誘拐かもと警察に通報していて、叱られて。
まさかアラフォーになって同じ気持ちを味わうなんて考えてもいなかった。
「バカ兄、物思いにふけってる場合じゃない。会えなかったらゲームオーバーなんだから」
ミカヅキは音量を抑え囁くが、過剰なまでに辺りを見回し警戒するその姿は、明らかにこの危険なかくれんぼを楽しんでいる動きだ。
なんか良いな、これこそオレが求めていた潜入クエストだ!!




