原罪
「もう俺には何が正しいのかわからない。何故そんな恐ろしいことが出来るんだ。何故運命を呪わないんだ。何故立ち向かえるんだ、進めるんだ。俺は………俺はもう進むことも退くことも出来ない」
語りかける声に力はなく、壁に預けた背は重力に導かれるように少しづつ位置を変えていった。
「ミザイ、君は間違っていないさ。始祖は我々に善く生きろと説いた。決して他者の魂や命を冒涜してまで生きろとは言っていない。ミザイ、決めたよ。私はこれから『オートアルマ』と名乗る。きっとこれから私は何度も同化を繰り返すだろう。これまでの喜びも、今の悲しみも、記憶も志も愛情も、進化の法の果てに変質し、忘れ去っていくだろう。だからせめて名にだけでも、愛した息子と娘が生きた証を刻みたいんだ」
落ち着き払った口調。その言葉には決意と諦めが入り混じっていた。
「そうか………エルダはどうなった」
「安定しているよ。僕と違って自分の身体をそのまま使ったからね。進化の法はまだ不完全だ。けれど、同じ志を持っている者同士であれば、一つになっても同じ場所を目指し進むことが出来る。僕はそう思う事にしたんだ」
オートアルマが笑みを浮かべる。
少し硬く自信と不安が交錯するようなおよそ子どもに似つかわしくない不器用な笑顔は、紛れもなくオーティスのものだった。
「エドガー………いや、オートアルマ。頼みがある。もし、ここにクリシュナが来たら、俺の身体を使ってくれないか。クリシュナはきっと生きて帰ってくる。無傷ではないにしろ、きっとだ」
「ミザイ、何を言っているんだ?」
「俺はこれまで虚勢を張っていた。それが村の皆を、仲間を守ることになると思っていた。だから頑張れた。だから今日までやってこれた。だが、もう違うんだ。変わってしまった。俺のやり方では誰も救えない。意味がなかったんだよ、俺の存在なんてものは」
ミザイの口からこれまで堰き止められていた言葉が溢れていく。
「そんなことはない、君はよくやってくれた。これまでも、これからも君は僕達にとって必要な存在だ。エルダとアルシラも、きっとそう言うだろう」
「ありがとう、オートアルマ。だけど、俺はここまでの男なんだ。俺は怖い。自分が信じてきた物が一瞬で崩れ去るなか、何もすることが出来なかった。虚勢を張る事すら出来なかった。俺は村で皆と共に戦って死ぬべきだった。それまでの男だったんだ。未来は、始祖の民の明日は、オートアルマ、クリシュナ、アルシラ、お前達に任せる。クリシュナに伝えてくれ。俺は楽になりたいだけの哀れな男だったと。アルシラに伝えてくれ、お前は俺なんかより遥かに強い戦士になれると。神喰に………いや、ユウミに伝えてくれ、今度こそ共に戦おうと。サヨナラだ、オートアルマ。未来を生きる者に始祖の恩寵のあらんことを」
ミザイは自らの爪を喉元に押し当て、ゆっくりと切り裂いた。鮮血が噴き出し、床に描かれた魔法陣に染み込んでいく。
「ミザイ、任せてくれ。君の想いは確かに受け取ったよ」
力を失い少しずつ崩れていく友の姿を、オートアルマは何も言わずに見つめていた。




