過ぎ去りし日々
「だから言ったじゃない、死ぬって。私達の命に価値なんてない。誰も悲しんでくれない。覚えていてくれない。救ってくれないって。だから………だから、貴方だけ生きててくれれば、それで良かったのに」
冷たい。
ユウミの身体から、命が流れ出していく。
熱も、鼓動も、言葉も、光も、思い出も、全てが真っ赤な血と共に流れ出て、身体はただの肉の塊に変わっていく。
「間に合いませんでしたね」
人を苛立たせる声。事実のみを告げる無機物のような音色。
うるさい。黙れ。お前達の声なんて私には必要ない。
「今更なんのつもり。わざとらしく遅れて来て、間に合えば助けたのにと嘯いて恩でも売るつもり?それとも、正常な判断力を失った私相手に契約でも迫ろうと思ってるの?」
私は適当に作った言葉を口から出るに任せて並べ立てる。
そこに意味はない。
もう私には何も残っていない。
私の残骸が、私の体を借りて、私のような言葉を紡ぐ。私にはもうそれすら止めることは出来ない。
「どちらも正解で、不正解だ」
聞き覚えのある声。
どうでも良い言葉。
この男の全てを理解したかのようなキザな言葉になんと返せばいいだろう。私の残骸はいま何を思っているのだろう。
分からない、もう全てが終わったあとなんだから。
「エドガーの………いや、今はオートアルマと言ったか。彼の研究が遂に完成した。もし君が望むのなら、私の手を取るといい」
完成した?何が?
あれは完成じゃない、終わりだ。全ての終わりが、始まりの振りをして、命を飲み込もうと口を開けているだけだ。
そこに意味はない、そこには何もない。
「………死んでもまだ戦えと言うの?私達には安らかに眠る権利すらないの!?」
ユウミの千切れた上半身から血が零れ落ち、足元にはいつのまにか赤い水溜りが出来ていた。
血だまりに映る顔は誰の物だろう。
真紅の鏡面には、どれだけ悲しいと口では言っても、涙ひとつ流すことの出来ない化け物が、自分のために涙を流そうと必死に顔を歪めていた。
自らの存在を肯定するためだけに他者を利用しようとする醜悪さ、愚かさ、意味の無さ、どれもこれも私が訳知り顔でユウミに語ったものだ。
私は私の半身にすら真実を語ろうとはしていなかった。
報いだ。
過去の私が今の私を裁いているんだ。
「くだらない問答はやめにしよう。君が本当に言いたいのはそんな事なのか。君が本当に望むのは彼女の安らかな死なのか。それとも………」
男が手を差し伸べる。
その手は白く、滑らかで、美しく、そして血に汚れている。
決して私のためではなく、他者を顧みることなく、自らの欲望のみを満たすために差し伸べられた手を、私は掴んだ。
そうだ、私はこの男と同じだ。
ユウミの安らかな死なんて私は望んではいない。
生きていて欲しい、私の側でいつまでも生きていて欲しい。
例え、それが死よりも苦しいものであったとしても、そんなことは関係ない。
私が………私のためだけにユウミに生きていて欲しいんだ。
「今ならば、まだ息のある少女が素体として使えます。早く転移を」
転移門が開く。
いや、違う、私が開いた。
その先がどこに繋がっているかなんてもうどうでもいい。私はとっくの昔に過ぎ去った日々を、二度と手放したくないだけなのだから。




