不実な饗宴
コンコンッ
森の奥の採取小屋に来客を告げるノックの音が響きわたる。採取小屋には薬師であるエドガーが集め乾燥させた多くの薬草が吊るされ、重みで歪んだ本棚には軽くゆすれば木組みごと落ちそうなほどの薬学書が乱雑にねじ込まれている。
薬剤を調合する窯には魔法で管理された火が灯り、ドロドロとした緑色の液体が煮詰められている。
「お母さんが帰ってきたみたい」
父の手伝いで薬草の選別をしているティアルマが声をあげる。
「もう?あんまり見つからなかったのかな、薬草。父さんは地下にこもりっきりだし、僕は父さんから任された大事な仕事があるからティアルマ出ろよ」
オーティスが殊更自慢げに、横柄な態度で妹に命令をする。
「大事な仕事って、にぃにがやってるの窯を掻き回すだけじゃん」
「うるさいなあ、薬師としての基本なんだよ。いいから出ろよ、母さんの腕が荷物の重みで千切れちゃうだろ」
兄のぶっきらぼうな命令にティアルマは舌をペロリと出し抗議を意を示しながらも、母のために渋々ドアを開ける。
「お母さん、おかえっ…」
母を迎えるための言葉が半ばで途切れる。
「どうした、ティアルマ………ティアルマ?」
オーティスの瞳にはゆっくりと倒れる妹の姿と、入れ違いに小屋にはいる武装した男達の姿が映っていた。
「おっ、お父さ………」
父を呼ぼうとする声は1本の短刀により永遠に掻き消された。
「おいっ、二人とも殺して良かったのか、人質はどうする」
「人質がいようがいまいがやる事は同じだろ。ならガキがうるさくないだけ、先に殺しといた方が得だ」
男達は部屋を観察し、不自然に膨らんだ床の一部を見つけ、その上に被せられた絨毯をめくる。
「大当たりってな。シェイプシフターの薬師なんざふざけた野郎だ。神王の名の下に成敗してやろうぜ」
「はっ、お前の口から始めて信仰心を聞いたぜ。まあ金になるなら神さんを拝むのも悪かねえな。この仕事が終わったらたんまり貰った金貨を祭壇にでも積んで、毎日祈りを捧げてやるぜ」
男達が地下室に繋がる隠し扉を開けようとしたその時、再びドアが開く音がした。
「ティアルマ?オーティス………」
「おっと、奥さんのお帰りか、先にガキを殺して悪かったな、アンタもすぐに地獄に連れてってやる」
呆然と立ち尽くす女性の胸にナイフが突き立てられ、そのまま内臓を丹念に抉るように何箇所も何箇所も切り裂いていく。
「忘れてたぜ、コイツらシェイプシフターだろ?奥までキッチリ刺しておかないと、死なないかもしれないぞ。ったく、気持ち悪い奴らだ。そっちのガキ二人もキッチリ始末しとけよ」
「あいよ〜」
一行の頭目らしき男に命じられた下っ端が、横たわるオーティスの身体に跨り、めんどくさそうにナイフを取り出す。
「魚とか捌くの苦手なんすよね。何が悲しくて化け物の開きなんて作んなきゃならないんすか?前世で罪でも犯しましたかね」
「いえ、恐らく貴方が裁かれるのは、今世での罪によるものかと存じます」
突然耳元で囁かれた皺枯れた声に男はビクリと身体を振るわせる。男の頭上には頭部が天井に届かんばかりの老婆が、目を見開きながらこちらを見つめている。
「なっ、なん………」
男は震える声で凄もうとしたが、その言葉が唇の外に出ることはなかった。
「あん?なんだお前は…」
老婆に向かいナイフを向けようとした男の視界がグルリと一回転し、トンボのクビのように不安定な細さになった男の首は、熟した果実が引力に負け地面に吸い込まれるようにポトリと床に落ちた。
「ひっ…化け物…」
「女性に対して失礼な殿方ですね。貴方の罪は存じ上げませんが、これは礼を失した行動への不運ということで御納得ください」
最後に残った男の首が落ち、小屋には死臭だけが残った。
「饗宴はもう終わりか、カーラ」
カーラが振り返ると、そこには炎のような真紅の髪を持った青年が立っていた。
「はい、滞りなく。少々遅れてしまいましたが、エドガー様は無事かと」
「そうか、ならば彼に早くこの不幸を伝えなければならないな。時は我々の決断を待ってはくれないのだから」




