口実
「あ、アルシラ、早いよ。そ、それに結界の外には出ちゃダメだって、エドガーさんも言ってたよ」
森の奥深くで今にも消え入りそうな気弱な声が反響する。その声の主は足に絡みつく蔦や雑草を慎重によけながら、もう一つの足音を懸命に追いかける
「エルダはいつまでも子どもだな~、村の皆は結界のなかの食料は取り尽くしちゃって、困ってるんだよ。そこをこのアルシラ様がババーンとたくさん食べ物があるところを見つけて、一気に解決してあげるの」
アルシラはエルダとは対照的に生い茂る草木を手にした鉈で乱雑に払いのけながら、我が道を行くといった形でズンズンと奥へと進んでいく。
「で、でも結界の外は危ないって…」
「もう、怖いならついてこなきゃいいのに」
アルシラは耳をぴくぴくと動かしエルダの言葉を丁寧に拾いながら、食糧を見つけるべく鼻をクンクンと鳴らす。
「だって、一人だとアルシラどこまでも行っちゃうし、モンスターとかとも戦おうとするし………」
不意にアルシラがピタリと歩みを止め、エルダが追いつく。
「そうなったらエルダが助けてくれるんでしょ?」
とびきりの笑顔。
「え、えっ、私が?」
突然に問いかけにエルダは思わず聞き返す。
「そう、知ってるんだよ、エルダが本当は強くて凄いって。魔法だって使えるんでしょ?ドカーンってやつ」
「まっ、魔法は得意だけど、戦うのは…」
「大丈夫、エルダはいざとなったら絶対に戦えるよ。優しいから」
「えっ、でも、それって…」
「しっ!!」
エルダの言葉を遮るように短く呟くと、アルシラはしきりに耳と鼻をひくつかせる。
「どうしたの?」
「森が焼ける臭い………それに血の臭い!!エルダ、戻ろう、なんか変だ!!」
ガサリッ。
駆けだそうとした瞬間、遠くから何かが近づいてくる音が聞こえる。二人は咄嗟は木陰に身を隠し、何者かが通り過ぎるのを待つ。
「しかし、運が悪いな、奥方も。亜人共を皆殺しにする口実のために夫に殺されるなんざ、俺だった絶対化けて出るね」
「おいっ、あくまで噂だ、噂。二人の仲が冷え切ってるからって、そこまでの事をするわけがないだろ。どうせ亜人の中で講和に反対する野蛮な奴がいて、血の盟約が結ばれる前に奥方を襲ったんだ、そうに違いない。インゼル侯爵はその弔いのため、そして領民を守るために兵を出した立派な方だ。………おい、噂だからって俺が口にしたことを他の奴にいうんじゃないぞ」
「おいおい、お前が言い出したんだろ、焦るな。でも安心しろ、こんなきな臭い話、森の中でもない限り出来るかよ、侯爵の耳に入っただけで首と胴体が泣き別れだぜ。それにしても、本当かね、ここら一帯に白寿草の群生地があるって話は。あるならちょっと拝借して知り合いの薬師にでも横流ししたいもんだな。一房もあれば嫌な事は全部忘れられるって話だからな」
「そのぶん反動もキツイって聞くぞ。触らぬ神に祟りなしだ」
「まっ、あの業突く張りのインゼル侯爵が無理やりにでも手に入れようってんだ、何らかの見返りがある場所なのは間違いないと思うけどな。どちらにしろ亜人共を狩るよりかは探し物のほうがよっぽど楽だがな」
二人は木々の隙間から声がする方向を見る。軽装ではあるが、腰には剣を帯び頭部は兜で守られている。
「兵士だ、人間の。村が危ない、早く戻ろう」
アルシラに続き、エルダが身をかがめながら進むと、パキリという枯れ木が折れる音が森の静寂を切り裂く。
「………おいっ」
兵士達は無言で散開すると、二人に向けゆっくりと距離を詰める。
「エルダ、走って。村の皆に人間が攻めてきたって伝えるんだ」
「そ、そんな、アルシラも一緒に行こうよ」
「大丈夫、一人ならあんな奴らからすぐに逃げられるから。気づかれる前に、早く!!」
アルシラはエルダの背中をポンと叩くと、木々の間を縫うように村とは反対方向に走り出した。




