信仰
クリシュナ達が村の中央に戻ると、集会所の前で男達が激しく言い争う声が聞こえる。
「おいっ、なに大声で騒いでやがる、子ども達の前でみっともねえ。話すなら中でしろ」
「ミザイ、クリシュナ、それどころじゃないんだ。バーレ様が、バーレ様がっ!!」
「落ち着いてください。バーレ様の身に何があったのですか」
「バーレ様が殺された………相手は竜燐級の冒険者だって話だ。ゴブリンがどうとか………でも、そんなことはどうでもいいっ。これで『四罪』は『神喰』だけだ!!もうおしまいだ、俺達はみんな殺されるんだよっ!!コプト教を、始祖への信仰を捨てるしかないんだ!!」
男は心の奥底に澱のように溜まった不安を吐き出すように叫び、嗚咽を漏らしながらうずくまった。まるで親を失った幼子のように取り乱す大人を目にし、子ども達の顔色が青ざめる。
「うるせぇ!!うろたえるな!!」
ミザイは半狂乱になる男の喉元を掴み、グイっと引き起こす。
「四罪が残り一人になろうが、何も問題はない。この村は結界で覆われてる。神喰もいる。誰も攻め込んじゃこない。安心しろ、今まで通り暮らせる。今まで通りだ、わかったか!!」
ゴホゴホと咳き込む男を地面に放り出すと、ミザイは集会場の扉を開け中に入る。
「クリシュナ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です、エルダ。ミザイの言う通り、この村は結界で守られています。誰も見つける事なんて出来ませんよ。………そうだ、まだ少し蜜菓子が余っているんです。皆で分けなさい」
「うん、ありがとう」
両手一杯の蜜菓子を受け取り、エルダはその長い耳をピョコピョコと動かしながら走り去った。ミザイが集会場にはいると、一様に思いつめた顔をした男達が無言で椅子に腰かけている。
「助かりました、子ども達も安心したようです」
「嘘つきやがれ。大の大人があんな醜態を見せてんだ、ガキ共も内心ビビりまくってるに決まってるだろ。それは俺も同じだ。あのバーレ様が死んだだって?冗談よせよ。俺らが束になっても一本も取れなかった、あのバーレ様がだぞ?竜燐級の冒険者ってのは化け物かよ………」
先ほどが嘘だったかのように弱々しい声。
「弱音なんて貴方らしくありませんね。確かに四罪のうち三人までもが討ち取られたのは想定外でした。世界の各地で人間による亜人狩りの勢いが増していると聞き及んでいましたが、どうやら国家単位で我々始祖の民を根絶やしにしようと目論んでいるようです………いや、今の言葉は正しくないですね。根絶されるのは始祖への信仰を捨てぬ我々コプト教団です」
「裏で糸を引いてるのは神王教会っていうわけか………。あいつら亜人が犯罪をおかせば、それ見た事かと全部コプト教団のせいにしやがって!!神王の民が始祖の民を100殺すのは許されるのに、始祖の民が神王の民の物を盗んだだけで村ごと焼き払われる!!ただ信じる神が違うってだけで、どうしてこんな目に合わなくちゃならねえんだよ!!」
ミザイの叫びが狭い集会場の壁を震わせ、叩きつけられた拳は木製のテーブルを真っ二つに割った。
「彼らは恐ろしいのでしょう。人間には獣人のような鋭い爪牙も、有翼人のような空駆ける翼も、虫人のような硬い骨格もありません。どれだけ鍛えようとも力ではトロールの足元にも及ばず、脚力では生まれたてのケンタウロスにすら劣る。ゴブリンのように夜目も効かず、蜘蛛人のように8本の手足を同時に動かすことも出来ない。まあ、この手足は便利な反面、蜘蛛人以外と共存すると一日に十度はぶつかり文句を言われるので、良いことばかりではありませんが………」
6本の腕が一斉に動き出し、そのうちの一本がテーブルの角に当たり、クリシュナは苦悶の表情を浮かべた。
「なんだそりゃ、冗談のつもりか?ハハハッ!!」
甲高い笑い声が重苦しい空気を押し出し、それにつられるように無言で沈み込んでいた村人達も二人の方に向き直り、共に笑った。




