イツキの夢
「………どうすればいいと思う、お兄ちゃん、私どうすれば」
どこからか声が聞こえる。
弱々しく、いまにも消え入りそうな声。オレはその言葉に応えようとするが、どれだけ声をあげようとしても何も話すことが出来ない。
「大丈夫、オレに任せろ」
何度も何度も口にしようとしては消えていく言葉。
伝えなければ、大丈夫だと、オレがついていると。
たったそれだけの事なのに、思いはオレの身体という境界を超えることなく、深く深く沈んでいく。
「………兄様、兄様!!」
………なんだ。
「こ……ここ…は?」
オレは肺に残った僅かな空気を押し出すように声を出すが、上手く言葉にならない。
「兄様、よかった………もう目を覚まされないかと………」
アツコの目に涙が浮かんでいる。
オレは長年外に雨ざらしになっていた自転車のようにガチガチに錆びついた首を懸命に動かし、周りを見渡す。
「みんな………そうだ、ワカナ、無事でよかった」
ぼやけた記憶をなんとか辿ろうとするが、脳みそはどこまでも鈍重で容易に思考がまとまらない。視線の先には誘拐されているはずのワカナが変顔をしている。まあ、なぜ変顔をしているのかはさておき、オレが寝ている間にミカヅキが助けだしたのだろうか。
そもそもどうしてオレはここで寝ているんだ??
「ふふ、いっちゃん、色々わからなくてお困りのようですね。ここはウルトラプリティーな解説役・大天使ワカナエルが懇切丁寧に教えてあげるよ。いっちゃんはね、なっちゃんの強烈なボディーブローを喰らって1週間以上気絶してたんだよ」
ボディーブロー!?
そういえば上半身を起こそうとするだけでも腹部に強烈な痛みが走るような、そうでないような。というか、あの温厚なナナセから無慈悲な一撃を喰らうとか、オレはいったい何をやったんだ。
「誤解です!!いえ、誤解ではないんですけど、多分私の一撃で気絶したわけではないような………うう、すいません、兄さん、やっぱり私のせいです」
ナナセはそう言うと部屋の隅で膝を抱えダンゴムシのように丸まる。ブツブツブツブツと自分に言い聞かせるように言い訳をしている姿がマスコット的で可愛い。
しかし、そうか、オレは1週間以上も気絶していたのか………。
「1週間!?」
オレは思わず声を張り上げる。
「なんだ、出るじゃない声。そう、1週間以上グースカグースカとピクリとも動かず寝てたの。私は洞窟かなんかで藁でも敷いて寝かせておけばいいって言ったんだけど、ナナセが責任感じてまともな宿をとったわけ。ギャンブル用に隠し持ってたお金でね。まっ、バカ兄を気絶させた件と相殺でチャラってとこ」
「………そう、あの種銭があれば、今頃私達は9ツ星ホテルの豪華スイートルームでシャンパン入れまくり、コール受けまくりだったのに………ブツブツブツブツブツブツブツブツ」
うん、なんかナナセが今までにない斬新な壊れ方をしているな。それだけ心配してくれたということか、後からフォローしておこう。




