狂乱の貴公子
「酒だ!!酒を持ってこいと言ってるだろう、このグズが!!亜人達の餌になりたいのか!?」
メイドは投げつけられた銀杯をすぐさま拾い上げ、うわごとのように『申し訳ありません』と呟きながら逃げるように部屋を出ていった。
くそっ、忌々しい!!
酒もロクに持ってこれない能無しに、300騎も揃って女すら捕まえられない役立たず共、挙句の果てには父からの受けた慈悲も忘れ出奔する恩知らず。
栄誉あるインゼル侯爵家に相応しくない愚物共が!!
亜人ほどの脳みそしか持たない馬鹿共を飼っているのは、こういった事態に備えるためではなかったのか。
そう思うと血液が逆流し、脳が焼け焦げるような感覚に襲われる。
主人の耳が切り取られたのだ。
しかも、女によって!!
役立たずなら役立たずらしく最後の一兵まですり潰され、肉片と化してこそ始めて忠誠心の欠片が見えるところ、主人を置いて逃げようとするなど万死に値する。
そのうち一人一人粛清し、家族も残らず牢にぶちこんでやる。
不意にドアを叩く音がする。
最初に3回、次に2回、最後に3回。
「入れ。」
「インゼル侯、お久しぶりです。ご依頼の物についてお持ちしました。ご査収下さい。」
部屋に入るなり男は1枚の金属板を差し出す。無礼ではあるが話は早い。くだらぬ時節の挨拶などに無駄な時間を費やすよりかは遥かにマシだ。
ミスリルで出来たその板には白金を溶かしたインクで魔法陣が書かれており、その下には古代文字らしきものが刻まれている。
「相変わらず仕事が早いな。お前を雇うことが出来るならば、うちのグズ共を全員生贄に捧げてもなんら痛痒はないのだがな。」
「ご冗談を。」
ふんっ、お高くとまりやがって。
神王教会の大神官だかなんだか知らないが、所詮我々大貴族からの資金なしでは何もできない貧乏宗教組織の使いっ走りに過ぎないのだ。
その証拠に少し金を積めばコイツらはなんだって用意する。
そう、例えそれが大地を呑み、星々を喰らう化け物であったとしても。
「秘蹟の使い方は前に申し上げた通りですが、その力は強大無比。竜のねぐらに潜むと言われる大森林の邪竜を打ち滅ぼし、神の祝福を受けし民草を守るためとあれば協力は惜しみませんが、くれぐれも使い方を間違えぬようお願いします。」
「もちろんだ、必ずや人に仇なすモンスターを倒し、我が領内、いや周辺諸国に平穏をもたらすことをお約束しよう。」
フハハハハハハハッ!!
俺は込み上げる笑いを懸命に押し留め、奴らが秘蹟などと仰々しく呼称する化け物を呼び出すためだけの薄っぺらい板を受け取る。
化け物を殺すためには化け物だ。
あの澄ました顔が苦痛に歪み、美しい肢体が引き裂かれ、無様に俺に命乞いする姿を想像するだけで、切られた耳が疼き出す。
「では、私はこれで失礼いたします。」
パナメーラとかいう気に食わない男が立ち去る。
「必ず跪かせてやるぞ!!それが終われば亜人共も皆殺しだ!!」
誰もいない部屋に、インゼルの暗い笑い声だけがこだました。




