選ばれし存在
遺跡より遠く離れた森の奥深く。そこには数十人の男達と、幾人かの少女の姿があった。
彼らの眼前には崩落した洋館があり、その中央にぽっかりと空いた大穴は、あたかも地の底へ繋がっているかのような不気味さを湛えている。
「アルシラ様、駄目です。始祖の霊廟が何者かに荒らされ、もはや同化の儀が執り行えるような状況では…」
洋館の様子を確認していた男の言葉は透明な空気の輪によって遮られた。男の首筋は心臓が一度脈動する毎にギリギリと締め上げられ、その度に足元はゆっくりと地面から離れていく。
「そんなの見りゃあわかるさ、先客がいたんだろ。ただ、まだ門扉は残ってる、始祖はここにいる。なら、答えはひとつだろう?出来る出来ないんじゃないんだよ、やれと命令してるんだ。その首輪があんたの首と胴体を繋ぎとめてる間に考えるんだね、方法を!!このアルシラ様が始祖の器になる方法をね!!」
ドサリという音とともに男の身体が地面に崩れ落ちる。
「………し、しかし、アルシラ様。ざ、座標が崩壊したいま、霊廟に辿り着く術がありません」
男はゴホゴホと咳き込みながらも親が幼子を諭すように答えた。
「隠すんじゃないよ、このアルシラ様が知らないとでも思ってるのかい。あるんだろ、霊廟とここを繋ぐ方法が。生贄だ、この魔法陣が血で溢れるかえるほど生贄を捧げれば始祖と繋がり、転移できる。そのために国中からガキを集めてたんだろ、違うかい」
「仰るとおりです。けれども既に生贄の多くは解放され、ここに連れてこられた者は僅か。霊廟が完全な状態であれば招き入れられたかもしれませんが、これでは到底門は開きません」
「生贄が足りないってことかい?なら問題は解決だ。………いるじゃないか、おあつらえ向きのマヌケどもが」
「えっ………グアッ!!!!」
アルシラが手を横に振ると、男の首がひとつ宙を舞った。
「乱心だ、アルシラ様の乱心だ、逃げろ!!」
「乱心?都合のいい言葉だねえ。無関係の人間を実験動物がわりに好き勝手いじくってる連中が、このアルシラ様相手に狂ってるとは笑わせるよ。つまらないジョークの罰だ、全員その血で償いな」
逃げ惑う男達の前に見えない壁が立ちはだかり、地獄の窯の底から逃げ出そうと透明な壁を叩くたびに一つの命が消えていく。地面は頭部を失った肉体からとめどなく流れ落ちる血液により赤黒く染まり、先ほどまで視認することすら難しかった魔法陣は、久々の贄に歓喜でその身を震わすかのように黒く輝く。
「怖いかい?なに、ちょっとした内輪もめってやつさ。そんなに怯える必要はないさ」
アルシラは目の前の惨劇に歯をカタカタを鳴らし震える少女に優しく声をかける。
「私もねえ、あんた達の年頃に兄妹を殺されたのさ。もう顔も忘れちまったけどね。一人になった私に待っていたのはモルモットのような日々さ。来る日も来る日も身体をいじくられては、繋ぎ合わされる毎日。でもさ、自分が誰だか分からなくなっても一つだけ消えない思いがあったんだ。怒りだよ。ムカついてたのさ、何もかもにね。そう、ずっと皆殺しにするチャンスを待つくらいにさ。このアルシラ様は生き残った。そう、選ばれた人間だったんだ、わかるかい?選ばれたアルシラ様はこれからも選ばれ続けるんだ、世界にも、始祖にも、私の正しさを証明し続けるんだ。そしてこのアルシラ様が世界を支配する。分かったなら頷くんだ」
少女は目を見開き、コクコクと糸の切れた操り人形のように頷いた。




