神喰
「あのババアが適当な地図をよこしたせいで随分寄り道をしたが、なんとか間に合ったようだな」
すこしボテッとしたお腹に静かな足音。
来てくれたんだ、本当に。
探してくれたんだ、私を。
「へー、カエルとか珍しい友達がいるんだね。怪しいなあ、正義の味方みたいに助けるふりして、本当は転移者の身体が欲しいだけなんじゃない?」
「えっ、ストラダーレさん、私の身体が目当てなんですか!?」
「人聞きの悪い省略の仕方をするな!!………まったく、お前といると締まらんな。まあいい、お前が何をするかは自由だが、その女と行動を共にするのは勧めん」
ちょっと冗談めかした、だけど厳しい本気の言葉。
「どうして?どこかで会ったことあるかな?」
額に皺を寄せ、目を細め、いかにも一生懸命思い出していますというポーズで考え込む。
「ふんっ、貴様のような化け物ともなると、何度も戦った敵も殺した相手でさえも、いちいち覚えてはいないみたいだな『神喰』」
ストラダーレさんが吐き捨てるように言った『神喰』という言葉にピクリと反応する。
「………ああ、大丈夫大丈夫、いま思い出したから。そう言えば、あの狼さんと一緒にいたかもね、緑色のが。そっかそっか、たしかお仲間はいま神王教会にいるんだっけ?アレだね、私とは不倶戴天の敵同士って奴だ。今日はお友達の復讐に来たの?やだなあ、アルシラとミザイは張り切ってたけど、私はどうでもいいんだよね、世界がどうとか、始祖がどうとか。つまんない意地の張り合いでしょ?今回のだって、どうせ元から失敗するのが前提の作戦だしね」
「作戦?なんの話だ?」
「あれっ、教団の企みを阻止するぞってテンションで来たんじゃないの?そっか、神王教会には別ルートで工作してるんだっけか。はあ、アツコお姉ちゃんには色々言われてるんだけどさ、興味ないから覚えられないんだよね、全然」
さっきまでと変わらない口調、変わらない表情。
でも、何かが違う。
いま話しているのは、私の知らない何者かだ。
「ふんっ、そういうカラクリか。まあいい、俺はお前達の悪巧みなど興味がない。好きにしてくれ」
「いいの?お友達の仇なんでしょ、私」
「構わんさ、本気で戦えばどちらかが死ぬ。冒険者ならば珍しいことではない。だが、もしお前達が再び仲間に手を出すような事があれば、その時はお前の命を貰い受ける」
「ははっ、じゃあ怖いからやめとこっかな。あのカッコいいお兄さんとか、単細胞の筋肉おじさんとか、また遊びたくなって来たけど今はそれどころじゃないしね。リコちゃん、せっかく会えたのにすぐお別れとか寂しいけど、きっとまた会えるよ。だって、私達の目的は同じなんだから」
「それってどういう意味…」
ユウミちゃんはさっきと同じ仕草、同じリズムで、私の唇に人差し指を当てた。
「まだ秘密。でもすぐ分かるよ。またね、楽しみにしてるから」
「すぐ分かるって…」
いない。
ほんの1秒前には鼻先が触れるほどの距離にいたユウミちゃんは、最初から存在しなかったみたいに、微かな香水の匂いだけを残して忽然と姿を消した。
唇をさすり指先の温もりを確かめる。
夢…じゃないよね。
「ボケっと突っ立っているところ悪いが、今のは夢でも幻覚でもない。あれは単なる時空間魔法だ。いや、違うな。単なるというには高度過ぎる、それこそ神に匹敵するほどに。しかし、お前も厄介な奴に目を付けられたもんだ。誘拐犯といい、なにかお前から奇妙なフェロモンでも出てるのか?まあ、俺も人の事は言えんが」
ストラダーレさんはため息をつくと、動物の胃みたいな形をした革袋をグッと差し出した。




