神王教会
人の背丈の10倍はあろうかという白亜の大回廊を一人の男が歩いている。
年齢は20代半ばといったところだろうか。白い肌に黒に艶やかな長髪、スッと通った鼻筋に切れ長の目、その彫刻のように美しく整った顔立ちは暗がりであれば貴婦人と間違えられてもおかしくはないだろう。
しかし、その長身と細身ながら衣の上からでもわかる筋肉質な肉体を見れば、彼が青年であることは容易に理解できるに違いない。
スラリとした体は、身長の倍はあろうかというマントがついた祭服に包まれており、その姿は彼の地位の高さを表していた。
「よう、パナメーラ。色男の朝は遅いねぇ、昨晩は眠らせてもらえなかったのか?」
中庭から一人の男が回廊へと合流する。
浅黒い肌に大木のような手足を持ち、背中には大振りの剣を帯びている。いかにも歴戦の戦士といった出で立ちだ。
「人聞きの悪い言い方はやめてください。教皇庁に呼び出されたかと思ったら、すぐに転移させられ夜通し負傷者の治癒を行なっていたんです。少しは労ってくれても良いんですよ、カイエン。」
パナメーラと呼ばれた青年は少し冗談めかして答えた。
「そりゃご苦労なこった。依頼主はあの金髪のボンボンだって?耳と鼻を削ぎ落とされたうえに頬に十字傷までつけられたとあって、大層な怒りようだって言うじゃないか。色男の数が減ってますますご婦人方の視線がお前に集中するな。」
「話に尾鰭がつきすぎて最早別の魚になってますね。インゼル侯は片耳を斬られただけですよ。それもすぐに治癒できました。傷ひとつなくね。兵士たちの中にも普通の神官では治せないような大怪我をしたものもいませんでしたし、私が行く必要はあまりありませんでした。まったく、上の方々は私をどれだけ便利使いしても許されると思ってるんですかね…知ってますか?『ブラック企業』というらしいですよ、神王教会のような組織のことを。」
パナメーラは肩をすくめ、わざとらしくため息をついた。
「あのボンボンは大事なお得意様だからな。ご指名とあれば断るわけにはいかないだろうさ。しかし、わざわざお前が呼ばれたって事はそれだけじゃないんだろ?」
カイエンと呼ばれる屈強な戦士はその眼光を一層鋭くした。
「ご明察の通り。神王教会最強の聖騎士ともなると勘も鋭くなるんですかね。」
「お前、嫌味が上手くなったねぇ、可愛げがない男は始めはモテてもすぐ嫌われるぜ。」
「肝に銘じておきます。………インゼル侯は今回の出来事がとてもお辛かったようで、ご心痛のあまり犬を一匹飼いたいと。そこで私に見繕って欲しいとのとこでしたので、オススメのものを一頭お貸ししたんです。なかなか気性が荒い犬なので躾けるのに苦労するかと思いますが、今のインゼル侯にはそれ位が良いかと思いましてね。」
「なるほど…放し飼いにすると不味そうなタイプのペットだな。」
「その時は私が迎えに行きますよ。」
「流石仕事が趣味のお大臣は覚悟が違うねえ。俺なら一も二もなく断るところだぜ。」
カイエンはそう言うと頭を振った。
「私の大変さがよくよく伝わったのであれば、慰労のため酒を酌み交わそうかと誘うのがマナーでしょう。久々にカイエンと飲み比べができると思って、昨日から断酒してるのですから。」
「毎日毎日よく飽きないな、酒は筋肉に悪いんだぜ?それにオレじゃなくても、ご婦人方からひっきりなしにお誘いがあるだろう。」
「女性と飲むのが億劫な時もあるのです。知りませんでしたか?」
「知らないし知りたくないね。全くなにが悲しくて男同士さしで飲まなきゃならないんだか。」
「職務を円滑にするために同僚と飲むことを『飲みニケーション』というそうですよ。飲みニケーションは勤めびとにとって義務であり至上の喜びであるとか。今日はその喜びを分かち合いましょう。」
カイエンは諦めたのか、深いため息をついた。
 




