真なる友
「どうやら時間切れのようですね」
「そのようだな」
ミザイが心の底から無念そうな声を漏らすと、ハイリッヒが短く同意を示す。
ハイリッヒは構えを解き、フィーネの元まで戻り、ミザイは斬られた腕を拾い上げ、興味が無さそうに生き残っている神兵に向かい放り投げた。
「アルシラ、どうしました、ボロボロではないですか」
「ああ、どこかの慇懃無礼な糞野郎が情報を握りつぶしやがったからねえ」
アルシラは折れ曲がり紫色に偏食した腕をこれみよがしに見せつける。
「何やら誤解が生じているようですね」
「まあいい、ミザイ、あんたには恩義がある、殺るにしても最後にしてやるさ。このアルシラ様を馬鹿にする奴がどうなるか、見ているんだね」
「ああっ、すぐにでも複雑に絡まり合った因果の輪を解きほぐしたいのですが、いまは何を言っても言い訳にしかならないでしょう。戻ってから語り合いましょう、時間はどれだけでもあるのですから」
ミザイはアルシラに懐から取り出した護符を渡すと、ハイリッヒに向かい一礼する。
「お見苦しいところを失礼いたしました。互いに全力というわけではなかったでしょうが、貴方と剣を交えることが出来たのは至上の幸福。旭日の師団の皆様にもくれぐれもよろしくとお伝えください」
「本気ではなかった?」
フィーネがハイリッヒを不安げな表情で見つめる。
「ふふっ、竜燐の騎士殿が本気になれば、英位や聖位だけではなく、極位………いや、神位をも解放することが出来るはず」
「それはお前も同じはずだ」
「見抜かれておりましたか。ワタクシ相手に手加減をしてくれたのは、共に轡を並べる未来を理解してくださったから………というわけではないでしょう。『落星』そして『神喰』が来た時のために、スキルを温存していたいう所でしょうか」
「答える必要はない」
ハイリッヒの言葉にミザイは嬉しそうに仮面をなでる。
「ありがとうございます、竜燐の騎士殿。今日の戦いでワタクシは確信することが出来ました。我々はきっと理解し合える日が来るでしょう。人間同士の問題の本質を覆い隠し互いを知ったふりをして裏で剣を研ぐような薄汚い関係ではなく、無造作に自身の醜い本性をさらけ出しながらも、なお譲れないものを尊重しあうような、真なる友になれる日が来るのです。いつか、必ず。そう、始祖は自らを封印した神王すらお許しになりました。始祖が神王にしたように、始祖の民も神王の民を許すでしょう。その約束の日の胎動をワタクシはこの千切れた腕で、確かに感じたのです!!」
ミザイが残った腕を振りかざす度に傷口からは青い血が飛び散った。
「分かります、この異形の身体に流れる血が、我らには計り知ることすら出来ない始祖の尊きお考えの一端を私に伝えてくれるのです。私は自分の姿を、自分の過去を、自分の運命を呪ったりなどしておりません。貴方とこうして会えたのも、そうして紡がれた運命の導きの果てにこそあるものなのですから。………楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまいますね。出来ればこのまま貴方と酒でも酌み交わしたいのですが、今日のところは敵味方という分別を守りましょう。それでは、竜鱗の騎士殿、また会える日を心待ちにしております」
ミザイとアルシラ、そして僅かに残る神兵の前に転移門が開く。しかし、その場には転移門を潜り抜けようとする者は誰一人としていなかった。
 




