聖位解放
心地よい沈黙が両者の間に広がり、互いが大きく構える。
「聖位解放『地影斬月』」
「聖位解放『雷帝』」
ミザイの持つ2本の剣が十字を描き、遺構を丸ごと飲み込まんばかりの雷鳴が轟く。同時にふたつの軌跡が紫の輝きを空中に残し、稲妻が双頭の竜となりハイリッヒに襲い掛かる。
「ハイリッヒ様!!」
悲鳴のような叫びは雷鳴に押しつぶされ、ハイリッヒの身体が稲光に包まれる。激しい閃光にフィーネは咄嗟に目を閉じる。視界を奪われたフィーネが再び目を開けると、そこには立ったまま微動だにしないハイリッヒの姿があった。
「………そんな、まさか」
ハイリッヒの手から剣が滑り落ちる。
「お見事です」
次の瞬間、剣を手にしていたミザイの2本の腕が青い血を噴き上げながら、ゴトリと地面に転がり落ちた。
「素晴らしいの技の冴えです。ワタクシは今、痛みよりも貴方と剣を交えることが出来た歓喜がこの身を包んでいます。とはいっても、流石にこれ以上腕を失う訳には行きませんね、ここは一旦退くとしましょう『ディメンション・ドア』」
ミザイが転移により大きく距離を取る。地面には血液により刻まれた紋様が点々と広がり、その量が傷の深さを物語っている。
「逃がさんさ」
ハイリッヒは追撃のために地面に落ちた剣を拾い上げるが、肉体を貫いた雷撃のダメージからか足を前に踏み出すことが出来ず膝をつく。
「大丈夫ですかっ、お怪我は!!」
フィーネが駆け寄り身体を引き起こす。
「大丈夫だ、ダメージはない………が身体に痺れが残っているな。奴が無事だったなら危険なところだった。十分に動けるようになるまでにはまだ少し時間がかかる、残念だがこの場で奴を仕留めるのは難しそうだ」
「いえ、私はハイリッヒ様がご無事なら、それでいいんです」
フィーネはまだ十分に力の入らないハイリッヒの手を包み込むようにギュッと握りしめる。
「ふふっ、互いにすぐ戦闘を再開するというわけにもいかないようですね。アルシラ、竜燐の騎士殿との勝負は小休止です。そちらの状況はいかがですか?」
ミザイはあたかも世間話をするかのように交戦中であろうアルシラにメッセージを送る。
「ハッ、誰に聞いてるんだい。このアルシラ様が竜燐級でもない冒険者如きに遅れをとるわけがないだろ」
「それは重畳。先ほどは随分苦労されていたようだったので、心配していたのです」
「ちっ、あれは『山崩し』の爺にやられた傷が深かったからだよ。かすり傷しかない今なら、こんな奴ら赤子の手をひねるようなもんさ。こっちを片付けたらそっちの援護に回る。それまで死ぬんじゃないよ」
「かしこまりました、増援お待ちしております」
ミザイからのメッセージが途切れると、アルシラは小さく笑みをこぼす。
「聞こえてただろ?まっ、そういうことだ、あんたら。このアルシラ様には竜燐の騎士を殺すっていう大仕事が残ってるんだ。ちょこまかと逃げ回るのは止めて、大人しく殺されるんだね」
アルシラの前方には傷つき消耗した旭日の師団の姿があった。




