虚空の弱点
「ハイリッヒ様、ありがとうございます!!」
「時空間魔法といえば聞こえはいいが、その実態は空間の圧縮による斬撃や衝撃。空間を切り取って透明な刃を生成することは出来るが、目を凝らせば切り取った空間と周囲の空間の境目を判別することも不可能ではない。発動条件があり、剣で防げるのであれば、視認が難しい斬撃と差異はない。強力な魔法であることは認める。しかし、決して対処できない魔法ではない」
ハイリッヒの言葉にアルシラが髪をかきむしる。
「今度は王子様気取りかい?ますます気に入らないねえ。お姫様のお守りをした状態でどこまで耐えられるか見物じゃないか」
アルシラが顔の前で両手を重ね、グッと力を込め勢いよく左右に振ると、瞬時に無数の空気の刃が生まれ二人に襲い掛かる。
ハイリッヒはその場を退くことなく、迫りくる見えない斬撃を剣で迎撃すると、懐から投げナイフを取り出し頭部に向け投擲する。
「どういうつもりだい?このアルシラ様に飛び道具が通用するとでも思ったなら大間違いだよ」
ナイフはアルシラの鼻先でピタリと動きを止め、やがて力無く地面に落ちた。
「申し訳ありません、私のせいで動けないなんて………」
「気に病む必要はない、そのおかげで見えてきたこともある。次に相手の攻撃が来たタイミングで、右に飛びのきながら自分の周囲に最小限の範囲でプロテクションを展開するんだ。一気に敵を討つ」
フィーネが小さくコクリと頷く。
「なんだい、なんだい。竜燐の騎士ともあろうお方が小娘と秘密の相談かい?やめてくれよ、興をそがれるじゃないか。やっぱりこのアルシラ様と竜燐の騎士の決闘に邪魔者は不要だね。死になっ!!」
アルシラが両手を高々とかかげ、そのまま交差させるように下に振り下ろす。
「プロテクション!!」
同時にフィーネは自らの肌に纏わせるように防壁を構築し、右に飛び跳ねる。突風のような空間のうねりが身体に覆う魔法の防壁とぶつかり、後方の石壁が時空の狭間にのまれたかのように粉々に砕け散る。
遺構全域に響くような轟音。
その影に隠れるようなヒュッという風切り音がフィーネの鼓膜を震わせる。
「意味がないって言っただろうがっ!!」
再び投げ放たれた投げナイフをアルシラが左手ではじく。
「意味はあるさ」
風を切るナイフに導かれるかのように、攻撃をかわし体勢を整えたハイリッヒがアルシラに向かい突進する。突き出された剣先が頬を裂き、鮮血が迸る。
「くそがっ!!」
叫びに呼応するように空間が蛇のように這いまわり獲物に襲い掛かるが、ハイリッヒはその奇妙なうねりに呑み込まれる前に素早く距離を取り、剣を構えなおした。
「どうした、フィーネを攻撃しないのか?離れた所で孤立している、チャンスだぞ」
ハイリッヒの挑発にアルシラが奥歯を噛みしめる。
「どうやら複数箇所で同時に空間を操ることは出来ないようだな。大技を放った後には空間を引き戻すためのタイムラグも発生する。魔法の特質だけを考えれば、接近戦では攻撃まで手が回らないはずだが………近接格闘の達人であるバオウエルバ老がやられたことを鑑みると隠し玉があると見るべきか。いずれにせよ、ここで片をつける」




