生まれ落ちた存在
「自分たちの命も生贄として差し出す気?」
しかし、見る限り目の前の男達にはそういった悲壮感や狂気は感じられない。むしろ日毎繰り返されるルーティンワークのような、一種の弛緩した雰囲気すら感じられる。
ならば強力な攻撃魔法の発動を目的としているのだろうか。例えば国家としての機能を喪失させるために王宮めがけ範囲攻撃を打ち込む、もしくは防衛網に隙を作るため王都全体を睡眠魔法で覆う、または召喚魔法と類似するが広範囲に死者蘇生魔法をかけることで都市機能を麻痺させ、その混乱に乗じて王族の殺害を試みるという可能性はゼロではないだろう。
だが、そういった儀式魔法を行うにしても触媒となる生贄の絶対数が少なすぎる。数百人、数千人規模の生贄を必要とするのだ。それこそワカナや私達が巻き込まれている誘拐事件の被害者すべてを生贄にするほどの。
だとすると、これから起こる儀式魔法はなんのために行われるのか。この世界特有の魔法が存在するのか。それを知ろうとするサヤの発想を一方的に糾弾することはできない。
私が思考を巡らせていると、男達が中央の巨大な魔法陣を取り囲むように並び、遅れてひときわ豪奢な装束を纏った小柄な人間が中心に立ち、身体をすっぽりと覆っているローブをゆっくりと外す。
「子ども!?」
サヤと私は同時に呟いた。
周囲の人々がうやうやしく頭を下げる先には、どう見ても10歳程度にしか見えない少年の姿がある。
「子どもみたいな声してるなと思ってたけど、本当に子どもだったんだね。あの子がさっき神兵とか進化とか中二病っぽいこと喋ってたボスなのかな。なんか儀式魔法っていうよりおままごとみたいになってきたね」
サヤが驚きと喜びの入り混じった声をあげる。
体型や顔立ちからしてハーフリングというわけでもなさそうだ。魔法やアイテムで容姿を変えている可能性もあるが、そうならサヤが気づくだろう。周囲の反応や扱いから考えれば王族や貴族の子弟………いや、あれは明らかに子どもではない。もっと別の恐ろしい何か………
「始まるみたい」
少年の姿を借りた何かが合図をすると、男達は一斉に詠唱を始める。3つの魔法陣が眩いばかりの光を放ち、台座には刻まれた紋様が形を変える。
「魔法陣同士が連動してる!?サヤ、もういいでしょ、このままじゃあの二人が危ない!!儀式魔法を止めて、あの子どもを人質にして、全員解放させる!!」
私はサヤの返事を待つことなく杖を構える。『サイレンス』でこの空間の音を丸ごと奪えばまだ間に合う。私の魔法が空間に満ちる刹那、魔法陣が一層強い光を放出するとともにすべての魔力が台座の中央に吸い込まれていく。
「もう儀式魔法が完成したっていうの!?早すぎる!!」
私は詠唱を止め、身を伏せる。万が一『レイドボス』が召喚されたのであれば、気配を察知されるのは不味い。
「大丈夫、召喚じゃないみたい。攻撃魔法でもない………なに、あれ?」
サヤが息をのむ。
姉である私にはそれがどういう意味か即座に理解できた。これはサヤが喜んでいる時の行動だ。それもとびきりの。
私はすぐさま顔を上げ、魔法陣に目を向ける。
そこには一人の少女がいた。一片の布切れすら纏っていないその少女は、虎と人が入り混じったような頭を持ち、その身体には少女の腕に加え、あるはずのない場所から獣にも似た二本の腕が生えていた。




