儀式の代償
上から中央を見下ろすと、直径数十メートルはあろうかという円形の台座が視界に入る。台座の縁には複雑な紋様が刻まれ、所々に宝石のような物が埋め込まれている。台座の中心には円形の巨大な魔法陣が描かれ、それに繋がるように脇に小型の魔法陣が2つ描かれている。
「悪趣味な配置だね、女の子の身体をモチーフにしてるのかな」
サヤが非難めいた言葉を嬉しそうに発する。
悪趣味はどっちだと言いたくなるが、確かに3つの魔法陣の位置関係は女性の肉体、2つの卵巣と子宮の関係性を思わせる気味の悪さがあった。台座のうえにはローブを身にまとった何人かの男達が集まり、小さな魔法陣を取り囲んで何やら詠唱を始めている。
儀式魔法を発動させる気だ!!
「止める!!」
「ダメ、敵の目的が何なのかもわからない段階で止めるなんて、トカゲの尻尾だけ取って満足してる子どもみたいなものだよ。トカゲがどんな餌を取ってるか、トカゲが誰に食べられるかまで調べて、初めて調査完了なんだから。ナナセちゃんならきっとそうすると思うな。ここは私に任せて、悪いようにはしないから」
サヤはそう言って微笑んだ。
「サヤ、それは貴方の好奇心を満たすための行動じゃないと言い切れる?」
「もちろんだよ、私だって冒険者だもん。世のため、人のため、私達のために最善の行動を取るよ。約束する、安心して」
いつもより少し柔らかな口調で語るサヤの顔が一瞬真顔になり、すぐに普段の表情に戻る。サヤは契約を必ず守る。この言葉に嘘はない。
私はサヤに向かって軽く頷くと、視線を台座に戻す。
数分間に及ぶ詠唱が終わると二つある小さな魔法陣が光を放ち、一方には虎の頭と人間の身体を持つ獣人『タイガーヘッド』が、もう一方には先ほど見た卵の殻に入った少女が現れる。
「短距離転移魔法だね。あの女の子はさっきの場所にいた子かな?これだけ長い時間をかけた儀式魔法でやることが単なる転移じゃ、たいした組織じゃなさそうだね」
サヤが言うように高位の魔法詠唱者であればゲートで任意の場所同士を繋ぐことは容易く、わざわざ魔法陣を用いた儀式魔法を行うほどのことではない。あの二つの魔法陣が転移のための物であるならば、これから行われる儀式魔法もそれほど強力なものではないだろう。
ミッドガルドでは儀式魔法は主に召喚や強力な攻撃魔法の発動のために用いられる。恐らくこの儀式魔法もそのどちらかを目的としたものだろう。しかし、魔法陣に囚われた二人が生贄であるとするならば、アバドンのような強力なモンスターを召喚するための対価としてはあまりに過少だ。
自らのレベルを大幅に超越する存在を使役するためには、それ相応の対価が必要となる。
バカ兄はそういった超越した存在を『レイドボス』と呼んでいたが、私達兄妹ですら苦戦を強いられた『レイドボス』が召喚された際には、都市をそのまま魔法陣としてそこに住むあらゆる命、それこそ数万、数十万という無辜の生命を犠牲にすることでようやく召喚が叶ったのだ。
しかし、そうしてこの世界に顕現した『レイドボス』は最早召喚者の手に負える存在ではなく、呼び出した次の瞬間には新たな生贄としてその命を散らすことになる。自らの命とそれを超える遥かに大きな犠牲を前提として、初めて強大な力を生み出すことが出来るのだ。




