葬送の光芒
オレは詠唱に入る。永遠にも思える数分。魔法の効果も徐々に薄れ敵の拘束が解けていく。とうとう一体の戦士が沼から抜けだし、塔をよじ登り始める。
あと少しだ、あと数十秒のあいだ邪魔が入らなければ詠唱が終わる。
詠唱が終わろうとするその瞬間、遂に剣を手にした前衛が塔を登りきり、剣を振り上げる。
青く光る刃。なんらかのスキルが発動していることは疑いようがない。
その切っ先はオレの肩口を捉え、そのまま袈裟斬りに身体を真っ二つに引き裂いた。
散り散りとなる肉体が霧となって消えていく。
「かかったな!!」
オレは作戦の成功に思わず声をあげる。
ふふ、種を明かせば簡単な話だ。グローリアスタワーを唱えた際、アイテムで分身を作り分身を塔の上に配置したのだ。
極めて単純なデコイ。
しかし、目の前でせりあがる塔や周囲を飛び交うコウモリなどの舞台装置があれば、相手の思考を誘導することは可能だ。
人であれば派手な視線誘導があった場合は即座にデコイを疑い、エネミーアナライズなどの魔法で本物かどうかチェックするが、ボット相手であればこれで十分。
デコイに気づいた何体かがオレの姿を探し、塔の背後に隠れているのを発見したが、時すでに遅しという奴だ。
喰らえ、これこそがミッドガルド最強の攻撃『始祖の魔法』だ!!
「神のものは神に、冥府のものは冥府に、天上地下星霜万里、その尊き御名のもとにあまねく解放の恩寵あらんことを求めん。始まりの声にして、終わりを告げる福音をその身に刻め。始祖の五つ『葬送の光芒』!!」
詠唱を終えた瞬間、自らの肉体を中心として空間が果てしなく膨張するような錯覚を覚える。
どこまでも広がっていく光の津波が透明な身体の中身を洗いざらい押し流し、肉体と精神が分離しそこにある器は空に満たされていく。ただただ際限なく溢れ出していく光の洪水。永遠に続くかと思われた光の氾濫は徐々に圧縮され、渦となり、12体の敵にめがけ降り注ぎ、命を持たぬ躯は生命の奔流に搔き消されれるかのように、身に着けていた武具だけを残し光の粒になっていった。
「ハアッ!!ハアッ!!!」
眩いばかりの輝きが全てを消し去ったあと、オレは内臓がすべて抜け落ちたような倦怠感を覚え、膝から崩れ落ちた。
「これが………始祖の魔法………」
視界が歪み、足は震え身体を支えることすらままならない。この世界の重力を一身に集めたような耐えがたい重みのなかで、オレはなんとか首を横に振り、周囲の様子を確認する。
先ほどまで大広間を支配していた死臭は押し流され、永遠に広がる無だけが存在するように感じられる。現実世界でもミッドガルドでは味わったことのない感覚。
ミッドガルドでは始祖の魔法は原則一戦闘に一度のみ行使が可能となる最強の切り札だ。12ある始祖の魔法の全てが一撃で現状を打開しうる圧倒的な力を持ち、そのために始祖の魔法を詠唱する者への妨害は苛烈極まる。
『葬送の光芒』は神聖属性魔法の最高峰ではあるが、あくまでダメージは神聖属性のみで計算されるためアンデッドを除く総ダメージ量は少ないことから、始祖の魔法の中では最も発動が早く消費するマジックポイントの量も少ない。
その魔法ですら内臓を根こそぎ持っていかれたように指先にすら力が入らない現状を鑑みると、今後『始祖の魔法』を迂闊に使うことは出来ないだろう。




