伝説の終わり
「時空間魔法か。とうに失われた秘術じゃと聞いてあったが、まだ使い手があったとはな。空術だけならともかく、時術まで使われると厄介じゃが………この年寄りを憐れんでおるなら遠慮はいらんぞ」
「へえ、知ってるのかい、伊達に長生きはしてないねえ。ただ死にかけのおいぼれ相手に時術まで披露する気はないよ、見せて欲しいならこのアルシラ様を力で焦らせてみるんだね!!」
アルシラが両腕を交差させると、空間がハサミで切り裂かれたかのように寸断される。バオウエルバは目に見えない刃を後ろに跳ねのき難なく避けると、これみよがしに道着の埃をはらった。
「なるほど、流石は『四罪』と言ったところじゃの、申し分のない技の冴えじゃ。このままでは半日もせんうちに丸裸になってしまうわい」
「嫌味かい爺」
「いやいや、褒めとるんじゃよ。『虚空』といえば『四罪』のなかでも使い走りのペーペーが数合わせにつけられる称号。それが王都の仕立て屋よりよほど良い仕事をするとはと、感服しておるんじゃ。どうだ、どうせ教団におっても小間使いと変わらん扱いじゃろ、王都に来れば儂の伝手でまともな働き口を用意してやるが」
バオウエルバは切り取られた道着の切れ端を拾い上げ、その切り口の鋭さを指でなぞりながら感心したような声を上げる。
「はっ、その安い挑発にのってアルシラ様が近づくとでも思ったかい?嬲り殺しにしてやるよ!!」
アルシラが右の掌を正面に向け、左手で肩を抑え力を込める。すると、それに呼応するように空中に無数の空気の歪みが浮き上がり、散弾のように射出される。
バオウエルバは思いきり横に飛び跳ねると、そのまま廊下の壁を蹴り空気の歪みを正面から受けながら、蹴りを繰り出す。
「捨て身の特攻ってやつか爺、残念だけど届かないよ」
アルシラは咄嗟に左腕でその一撃を受け止めると、右手でバオウエルバの肩を掴み、そのまま削り取った。血の飛沫が霧のように広がり、こそげおとされた肉片がボタリトと床に落ちる。
バオウエルバはダラリと垂れ下がる右腕を一瞥することなく身体を密着させると、膝で顎を蹴り上げ、グラリとよろめくアルシラの顔めがけ左拳を振り下ろす。
「チイッ!!」
勝負を決めたかに見えた渾身の一撃は、極めて薄く、けれども厚い空気の膜によって阻まれる。
「惜しかったな爺ィ!!だけどアルシラ様には一歩およばなかったようだねえ………死ね!!」
アルシラの右手がバオウエルバの胸に添えられる。
ゴウッという何かが引きずり込まれるような気味の悪い音が轟き、次の瞬間、バオウエルバの胸部には奥が見渡せるほどの大穴がぽっかりと開かれていた。
「これで、このアルシラ様の偉大さを誰もが思い知ることになるさ………なんだ!?爺、テメエまだ生きて………」
「………かかったのはお主のほうじゃ……この距離では避けられまい『穿突疾躯』!!」
肺の半ばが失われ、発語すらままならないバオウエルバの左腕が青白い輝きを帯びる。
「死に損ないが!!時よ、三女神の名の下に………」
アルシラが何かを唱えようとした刹那、一本の槍と化したバオウエルバの左腕が次元の壁を突き破り、アルシラの肉体を貫き、床を砕き、大地に大穴を穿った。
「………小癪なガキじゃ」
バオウエルバの口から最後に残っていた呼気とともに大量の血液が零れ落ちる。たしかにアルシラの心臓を貫いたかに見えた一撃は、脇腹を抉るにとどまり、それを目にしたバオウエルバはそのまま事切れた。




