虚空のアルシラ
「ユウ・リュー!!」
血飛沫が虚空を赤く彩る。
根元から腕を失ったユウ・リューの身体からは多量の鮮血が迸り、その小さな肉体を一秒一秒死に追いやっていく。
「へぇ、このアルシラ様の一撃を見抜ける奴もいるんだねぇ。その識別票はオリハルコン級ってとこだろ。竜燐の騎士を狙ってたんだけど、こっちは外れってことでいいのかね、教えてくれよ」
銀の髪に濡れたような光沢を放つ黒い肌。その長い耳には無数の鉄鋲が存在を誇示し、耳の先は途中で切り取られ途中も何カ所も切り込みが入れられている。
「ダークエルフ………まさか、ただの雑魚だなんて言わないだろうね。あんたが『四罪』ってやつか」
「お目が高いねえ。聞かれて答えないのは野暮ってやつだ、教えてやるよ。私は『虚空』のアルシラ。あんたの言う通りコプト教団が誇る最高戦力『四罪』の一人だよ。さあ、私は質問に答えたんだ。そっちも私の質問には答えておいた方がいい。勘違いされやすいが、こう見えて温厚で優しいタイプなんだ。別にアンタらを殺す必要もないし、知ってることを答えてくれれば悪いようにはしないさ。で、竜燐の騎士はいないのかなあ、ハイリッヒとか言う嫌味な名前をした野郎さ」
言いながら崩れた窓枠に腰をかける。
「いない、もう一方を当たってるよ。知りたいことはそれだけかい、申し訳ないんだがアンタに腕をもがれた仲間が苦しんでるんでね、手当をしてもいいか」
「ああ、そーだった、どーぞどーぞ。そのままじゃ死ぬもんねぇ。そうか、じゃあこっちにいるのは『山崩し』………バオウエルバだっけか。とにかく皺くちゃの爺一人がいるだけか。運が悪いね、竜燐の騎士を殺して『虚空』のアルシラ様の名前を世界に轟かせようと思ったんだけどなあ。まっ、旭日の師団って奴らも有名らしいし、そいつらも合わせて狩れば少しは格好がつくかねえ。ところで、そこの有翼人の姉さん。旭日の師団って奴らを知らないか。教団の馬鹿どもの話じゃ、ハーフリングのガキに、有翼人の女、エルフにハーフオークにタイガーヘッドまで揃った、見世物小屋かってツッコミたくなるような冒険者のパーティーらしいんだけどね」
アルシラは爪をやすりで削りながら、世間話でもするかのように問いかける。
「さあ、聞いたことも見たこともないね」
「そうか、そうか、なら仕方ないね。死ね」
ユウ・リューを抱えるジグニの前の空間が大きく湾曲し、二人をすっぽりと包み込む。歪んだ空間が収縮しようとしたその時、アルシラが構えを解き、張りつめていた空気が波が引くように消え去った。
「何してるか聞いていいかな」
アルシラの背中には剣が突き立てられ、カイルが渾身の力を込めその切っ先を押し込もうとしている。
「質問には答えた方がいいよ。言っただろ、アルシラ様は優しいんだ。無駄に恨まれるのは御免だからね。不必要なヘイトを買うのはバカがすることさ。だから別に金等級のゴミ一匹殺そうが、生かそうがどっちでも良かったんだけど………一応もう一度聞いてやるか、これはなんのつもりだって聞いてるんだよ」
髪をグイと掴み、鼻先が触れ合うほどにひきつける。互いの視線が交錯し、カイルが唾を吐きかける。
「お前達、逃げろ!!こいつは俺がなんとかする!!」
「あのさあ、そんな臭い猿芝居じゃなくてさあ、アルシラ様の質問に答えろって言ってるんだよ!!!」
足が歪み、本来折れ曲がるはずのない方向にまるで関節が一つ増えたかのように畳まれる。




