悪魔のルール
「表は警戒が厳重。脇に回って潜入できる場所を探す」
私達は正門から離れ、神殿を取り囲む壁を伝うように進む。
「こんなに大きい神殿が犯罪者のアジトになってるなんて面白い国だね。まるで誰も神殿の存在に気づいてないみたい」
サヤが感心したように呟く。
「結界魔法。恐らくこの神殿自体を結界で覆って、関係者以外は入れないようにしてる。中に入るためには………多分あのセクハラ親父辺りが護符でも持ってるんでしょ。これだけの規模の大結界はよほど高位の魔法詠唱者か大がかりな儀式魔法でないと発動できないはず。メンテナンスにも労力と費用がかかる。かなりの大物がバックにいる」
「この世界で力を持っているって言うと神王教会かな。神の名の下に悪事を行うってのは定番だよね」
「さあね、しらみつぶしに調べ上げれば分かるでしょ。あそこの中庭から内部に侵入できそう。魔法で姿を隠してるとは言ってもいつバレるか分からない。『わざと』見つからないよう気をつけて」
私が『わざと』という部分を強調すると、サヤはわざとらしく頬を膨らませ「はーい」と返事をした。
サヤはリリム、つまり悪魔だ。
バカ兄が言うには悪魔には悪魔のルールがあるらしく、サヤも自らが結んだ契約は破ることが出来ないというルールに縛られている。
契約と書くと小難しい物を連想するかもしれないが、簡単に言えば今のように『わざと見つかるな』と言われ、それに対して拒否しない場合には自動的に契約が成立し、サヤは自らの意思でわざと発見されるような行動を取ることは出来なくなる。
これはサヤが問いかける場合も同様で、例えばサヤが「見つかっちゃったらゴメンね」と婉曲ではあるが発見されることへの同意を求める発言をした場合、私が「見つからないよう気をつけなさい」などとそれを咎める反応をせず黙っていると『相手が否定しなかった』と捉えられ、サヤは契約に縛られることなく自由に行動、つまりわざと見つかることも出来るようになる。
この『相手が否定しなければ』という部分はかなりファジーだが、概ねサヤが何かしたそうな言葉を投げかけてきた場合は明確に否定しておけば間違いはない。逆にうっかり肯定しようものなら、その言葉をどのように曲解されるか分かったものではないので注意が必要だ。
まあ、サヤは厄介ごとを好む性格ではあっても家族想いではあるので、仮に私達に迷惑をかけるような行動を取ったとしてもイタズラ程度の可愛いものだとは思うが、その悪意が他者に向かうようなことがあれば全力で止めなければならない。
………いや、サヤは善よりの中立だからそこまで心配する必要はないか。というより、さっきから私はなんでサヤに対してこんなに警戒しているのだろう。
「どうしたの?」
私の思考を覗き込むようにサヤが上目遣いで問いかける。いま何か大事なことを思い出そうとしていた気がするけど、そんな事をしている場合ではなかった。とにかく内部を調べ上げ、悪事を未然に阻止しなければならない。
私は誰もいない中庭にゆっくりと足を踏み入れた。




