悪魔の影
「キャハッ、ようやく追いついたんだけど。死体になる前でラッキーだったね」
城内の薄暗い廊下でユウ・リューがカイルに声をかける。かなり古い城なのか、窓は小さく日中であるにも関わらず、差し込む光はか細く心許ない。長い廊下の両脇にはいくつかの扉があり、盛時には多くの人々で賑わっていただろう面影を残している。
「子どもの出来損ないに心配されるいわれはない。大人しく家で料理でも作ってるんだな」
「キャハッ、死体になってから声をかけた方が良かったみたいだね」
「ユウ・リュー、ふざけてる場合じゃないよ、ぜライアスは別のルートを探索してる。ドールゾールもカーコ=イ=シーザもココロトも離れ離れになっちまった。斥候も前衛もいない中で孤立は不味い。急いで戻って合流するよ」
「キャハッ、よくよく見渡せば、かび臭い、うす暗い、きな臭いと3点セット揃ってるね。死角だらけなうえに両端の部屋には何が潜んでるかわかったもんじゃないし、廊下の根っこを抑えれば四方八方好きなところから襲い放題のサービスつき。前衛がこのお坊ちゃま一人じゃ、とうてい捌ききれるとも思えないし、一旦引いて態勢を立て直すしかないかな?」
ユウ・リューの責めるような視線を受け、カイルが剣を構える。
「逃げたければ逃げろ、臆病者。これは人間の戦いだ、ハーフリングも鳥ガラ女も最初からお呼びじゃないんだ」
「鳥ガラ女ってのはアタイのことかい?返答によっちゃ………ちっ、無駄話をしてる暇はないようだね、来るよ!!」
ジグニの声に呼応するかのように、廊下の両端からいくつもの影が姿を表す。
ところどころ欠けた骨の肉体に小型のラウンドシールド、刃こぼれが目立つ大ぶりのブロードソード。頭部にはサイズの合わない兜が、申し訳程度に被せられている。
「スケルトンウォーリアか、それも10体や20体じゃない。お前達の仲間にはネクロマンサーもいるようだな」
「嫌味言ってる暇があったら手を動かしな。アンタには奥を任せたよ、ユウ・リューあんたは手前だ。相手はスケルトン、アタイの弓は効果が薄い。援護はするが期待しないことだね」
「キャハッ、こんな奴ら千匹いたってボクだけで十分なんだけどな。ほらっ、バラバラになりな『タイニィサイクロン』!!」
ユウ・リューが空中の一点を指し示すと僅かな風の揺らめきが現れ、一回転するごとに勢いを増し突風となり吹き荒れる。数秒のうちに発生した見えない刃は、廊下に飾られた調度品を巻き込みながら風の濁流となり、スケルトンウォーリアの肉体を軽々と浮かび上がらせ、互いを激しく衝突させる。
腕、足、胴体、頭部、命を持たない戦士を構成するすべての要素が、まるで作り立てのブラモデルが地面に叩きつけられたかのように崩れ去っていく。
「脆いね、使い捨ての足止めってとこかい」
「キャハッ、そうでもないみたいだよ。骨のなかに血色の悪そうな性悪顔がいるんだけど。あの不細工な面はレッサーデーモン………グレーターデーモンだとは思いたくないね。どっちにしても、ピンチってやつかな」
二人の視線の先には、染料を煮詰めたかのような水分を感じさせない紫の肌にコウモリに似た黒い翼、真紅の瞳と黒褐色の角を持つ悪魔が何体ものスケルトンウォーリアを盾にしつつ、詠唱を始める姿が映っていた。




