新たな敵
「いいよ、ワカナは結構楽しかったし。じゃあ、ろっちゃんをお城に送らないといけないから行くね。早く帰らないと、脱走したと思われて家族に迷惑がかかちゃうんだって。誘拐ブラザーズも一緒に来る?」
しゃがみこんだワカナが、うなだれる兄に問いかけると、兄は指で目元を拭い立ち上がる。
「いや、俺達はさっき逃がした子どもたちが無事逃げおおせたか確認してからここを離れる。それで俺の犯した罪が軽くなるとは思わないが、せめてもの償いだ。………もう二度と会うことはないと思うが、達者でな」
「うん、娘さん治るといいね!!」
「お前どこでそれを………まあいい、じゃあな」
兄弟はクルリと背を向け、手を軽く上げる。ワカナはそれに応えるように思いっきり手を振ると、未だに物陰から出てこようとしないリコとロロを引っ張り出し、その場を後にした。
「兄さん、とりあえず子どもたちの後を追おう」
「………ああ」
その時、ジャリッという土を踏みしめるような音が暗がりから響いた。
「はあっ………わざわざこのアルシラ様が見学に来てやったのに、この体たらくはどういうことだ?」
「誰だお前は、いつからそこにいた!?」
兄弟が子ども達を追いかけるために建物を出ようとすると、数秒前まで人の気配すらなかった木陰に銀色の髪と褐色の肌を持った若い女が、木にもたれかかるように気だるげに立っていた。
「質問を質問で返すなって教わらなかったのかい。お前達は………教団の人間じゃないね、まさかさっきの役立たず共はアンタらがやったのかい?」
「だったらどうするつもりだ」
兄弟は剣を柄を固く握りしめる。
「ははっ、アンタらがやったわけじゃことくらいはわかるさ、どう見ても素人だ。だから見逃してやる………と言いたいところなんだけど、一応これでも敬虔な信徒ってことになっててね。教団の一員としてケジメは取らせないといけないんだ、面倒だけどねえ。向こうで転がってるクズ共みたいにさ」
アルシラと名乗る女は心底面倒そうに言うと、首からぶら下がっている宝石を炎を灯りに照らし、その輝きを確かめるように目を細めた。
「………殺したのか、仲間を」
「ああ、仲間か。よそ様から見りゃそうなるんだろうねえ、不本意だけど仕方ないよ。まっ、世間体ってやつのためにもさ、あいつ等の敵討ちが必要なんだよ。わかるだろ?協力してくれれば命は助けてやるさ。で、どうなんだい、誰がやったんだ」
「兄さん、ここは僕に任せて逃げろ、イシュナの下に帰るんだ………」
不意に言葉が途切れる。
「質問に答えろって言ってるんだよ」
アルシラと名乗る女の右手には、胴体から切り取られた弟の首が無造作に握られていた。
「あ、あ………あぁぁああああああっ!!!!!!よくもっ…………」
兄の叫び声が途切れ、女の手に収まる頭部の数は一つから二つに増えていた。
「これで万事解決………ってわけにもいかないだろうねえ。まっ、どちらにせよ暇してたんだ。大仕事の前の腹ごなしでも済ませておくか」
一度静まりかけた炎は再び煌々と燃え盛り、闇夜を赤々と照らし出す煌きは深い影を落としていた。




