女を見る目
「おいっ、戻ったぞ………ちっ、留守番は得意だとかのたまったくせにどこに行った、あの女」
酔っ払いの喧嘩を片付けて戻ると、女の姿はなく、テーブルには空になった皿だけが並べられている。結局食欲には勝てなかったようだな。まったく、犬にも劣る自制心しかないのか、あの女には。
「おいっ、女将。お望み通り喧嘩は終わらせたぞ。お互い何やらよく分からん御託を並べていたがな。ところで、俺の連れはどこに行ったか知ってるか」
「ありがとうございます。こちらはささやかながらお礼となります。受け取ってください」
女将はこれ以上になく丁寧に俺の手に数枚の銀貨を握らせる。
「喧嘩の仲裁料にしてはやけに多いな。この店構えからして、そこまで羽振りがいいようには見えんが………もう一度聞く、連れをどこにやった」
「嫌ですね、どこにやっただなんて人聞きの悪い。あの女の方ならさっきコソコソと裏口から出ていきましたよ。お見受けしたところ、昨日今日あった仲でしょう。たばかられたんですよ、男女の駆け引きってやつでしょう。愚痴なら聞きますよ、私の奢りで」
女が媚びた目で俺の手を撫でまわす。手袋越しにもその不快な感覚が伝わり、吐き気を覚える。
「昨日今日あった仲だというのは確かにその通りだ。しかし、こう見えても女を見る目は確かでね。あの女は脳みそこそ軽いが、そのぶん悪だくみ出来るような知性は持ち合わせていない。お前と違ってな。二度とは言わん、五体満足なうちに居場所を吐くんだな」
「………まったく、良い男気取りもいい加減にして欲しいね。おいっ、お客さん方、ヤクザ者に因縁をつけられて困ってるんだよ、なんとかしておくれ」
女の合図を受けると、それまで陽気に酒を飲んでいた男達が一斉に立ち上がる。
「随分と柄の悪い酒場だな。馴染みばかり贔屓すると一見客が離れるぞ」
「口が減らないねぇ。いいさ、余計な詮索をしたくなくなる程度に痛めつけてやりな」
「まったく、レヴァンテが女難の相が出ていると言っていたが、これで終わりにして欲しいものだ。揉んでやるからお前達から来い、弱者をいたぶるのは好きじゃないんでな」
適当に挑発すると、酒がはいり足元すら覚束ない戦士が柄にはいったままの剣を振りかぶる。良い判断だ、喧嘩とはいえ抜いていたら少々教育する必要があるからな。
オレは柄を受け止め、腰を払うように戦士をなぎ倒す。テーブル上に置かれたうらぶれた店には不釣り合いな陶器が宙に浮き、次の瞬間地面に叩きつけられる。
「ほらほらどうした、気合を入れてやらんと後ろの女将にどやされるぞ。誘拐ビジネスより食器が割れるほうがよほど高いとなれば、用心棒代として酒をあてがわれている立場がないだろう」
「調子に乗るな!!」
比較的素面に近い斥候らしき男が懐のダガーを抜き、斬りかかってくる。刃物か、これは看過できんな。俺は肩をめがけ一直線に伸びてくる男の腕を下から跳ね上げ、その切っ先を男の肩に刺しこむ。
鮮血が辺り一面に飛び散り、その匂いに刺激された肉食獣の群れのような酔客共が次々と雪崩を打つように向かってくる。
「モテるのは女だけで十分なんだがな」
………数分後、酒に酔って地面と熱烈な口づけを交わしているかのような、気色の悪い男達のオブジェが酒場一面に並んだ。我ながらなかなか壮観だな、俺のセンスも存外悪くない。
「女将、想定外の運動で喉が渇いた。この店で一番いい酒を持って来い、すぐにだ」
女は引きつった顔でそそくさと酒を用意しジョッキに注ぐと、俺はそれを一息に飲み干した。
「悪くない酒だ、くだらん副業よりかはこちら一本でいくんだな。さて、俺は別にギルドの依頼を受けたわけでも、同業者でもない。お前が繋がっている組織の報復が恐ろしいのであれば、行き掛けの駄賃に潰してきてやる。それとも、自分の店や命より、お仲間が大事だというのであれば構わんが」
女は何かを諦めたかのように店の奥に下がり、一枚の紙を差し出す。
「あいつらのアジトの地図だよ、今もここを根城にしてるかは知らないけどね。何を言っても言い訳になっちまうがね、脅されでもしなきゃ誰だってこんなことはしたくないのさ。アンタがどれだけ強いとは言っても、あいつら相手になんとかなるとは思わないよ。無駄死にするだけさ」
「試してみなければわからん」
ふんっ、また余計な事に手をツッコむことになった。しかし、あのバカ女を奴隷商にうっぱらえば、あの軽口で元いた世界について何を喋りだすか分からん。
ここはパナメーラのためにも、ここは一肌脱いでやるとするか。




