善か悪か
大森林での出来事から数時間が経ち、俺は王都にほど近い街の冒険者ギルドにいた。
くそっ、一人なら野営でもしながら歩いて帰ったものを、変な女を拾ったせいで転移のスクロールを使う羽目になるとはな………大赤字だ。
しかし、転移のスクロールも必ずしも万能とは言い難い。行き先すら簡単には変えられない欠陥品の癖に、目の玉が飛び出るほどの高値で取引される。
パナメーラがいれば転移なぞタダだというのに………いや、今はくだらないことを考えている場合ではないな。こいつからは俺が使った金以上の情報を引き出すことに集中しなければならない。赤字は嫌いだ。
聞き出すだけ聞きだしたら、後は適当に冒険者ギルドにでも置いておくか。この世界の基本的なルールと、まともな冒険者の見分け方さえ教えておけば、この顔ならば悪い扱いは受けないだろう。俺の姿も見えているんだ、最低限の実力はあるだろうしな。
さてと、何から質問すればいいか………。
「しかし、お前はよく食うな!!」
しまった、目の前に積まれている器の山に反応して、思わず突っ込んでしまった。しかし、この大食い女どれだけ食べる気だ。並みの男3人分は平らげているぞ。
「すいません、凄く美味しくて、ついつい。お財布大丈夫ですか?」
「ふんっ、お前がこの店の商品を全部丸のみにしたところで痛くも痒くもない。ただし、これは覚えておけ。一度奢ると言った男の懐事情を心配することほど可愛げのないことはない。奢られるなら有難く食いたいだけ食え」
「ありがとうございます。でも、私はリコです。お前じゃないって何回も言ってるじゃないですか」
「知らん、お前に呼び方まで強制される覚えはない」
「も~強情ですね。私とストラダーレさんの仲じゃないですか」
「気色の悪い言い方をするな!!くそっ、お前を相手にしていると、どうにも締まらんな」
女は俺の反応をみて楽しそうに笑い声をあげる。なにが面白いのやら、若い女の考えることはわからん。
「そうですか?私は楽しいです。………でも、ここにいる人達にはストラダーレさんの姿が人間みたいに見えてるんですよね、不思議な感じです」
女は口に片手をあて小声で話すような素振りをするが、声の音量自体は全く下がっていない………やはり脳みそは実装されていないようだな。
「言っただろう、俺の姿は相当な魔法の使い手でもない限り見破れん。看破したところでわざわざ指摘する奴も稀だ、手練れ同士で揉め事など余程の変人でもない限り望まんからな。あと小声で話す機能がついてないなら無理をするな、余計に怪しまれる」
俺が言うと、女は分かったのか分かってないのか笑顔を浮かべる。
「ちっ、相変わらず緊張感のないやつだ。お前みたいな危機意識に欠ける女は真っ先に食い物にされるぞ」
「大丈夫です、こう見えても私って人を見る目に自信があるんです」
女はそう言うと鼻息荒くふんぞり返る。今から情報を聞き出して放り捨てようと考えている相手に向かい、人を見る目があるとは何とも滑稽な言い分だが、こいつはどうやら俺を善人だと思い込んでいるらしい。おめでたいことだ。
「そういう奴ほどすぐ騙される。だいたい詐欺師は善人面してやってくるんだ、何を根拠に騙されないと言い張れる」
「分かるんです、目を見れば。ストラダーレさんも優しい人です。あれ、優しいカエルさんって言った方がいいですかね?」
「その二択なら人にしておいてくれ。ふんっ、出会って数時間も経ってない相手を信用するようでは、お前の目の節穴さも相当な物だな。俺が悪人だったらどうする。お前のような身寄りのない女を騙して売り払う奴隷商かも知れんのだぞ」
「ふふっ、悪ぶってますね、可愛いです」
「なんだと?」
「ストラダーレさんは善人です、だって私を助けてくれたじゃないですか。それに美味しいご飯も食べさせてくれました。本当にありがとうございます。私、この世界に来て初めて会ったのがストラダーレさんで良かったです」
女はそこまで言って自分が迂闊な事を言ったことに気づいたのか、わざとらしく口を抑え、縫うようなジェスチャーをする。間抜けな女だ、頭も心も。
 




