謎という鍵穴
「兄様、追いかけるにしてもどこに逃げたか検討をつける必要がありますが、なにかアイデアをお持ち何ですか」
アツコが期待に満ちた眼差しを向ける。
「愚問だな、アツコ。オレを誰だと思っているんだ。先ほどのアツコとワカナの僅かなメッセージでのやりとりで、答えは既に語られている」
「えっ、あの一瞬の会話で答えを導き出したんですか!?流石兄様です!!」
やめてくれ、照れるじゃないか。オレはゆっくりと大広間の扉を開け放ち、宿の外に足を運ぶ。そう、真実は会議室の中にはない、常に現場にあるんだ。
そしてオレの予想が正しければ………あった!!
「アツコ、覚えているか、さっきの会話を。ワカナは馬のいななきが聞こえる事から、自分が馬車に乗っているのだと言った。そしてその馬車は揺れているとも。この舗装されていない路を馬車を使って逃走したのであれば必ず轍ができる。しかも、さっきまで雨が降っていたことを考慮すれば轍はいつもより深く刻まれるはず。既に刻まれた轍の幅が広がるほどにな。つまり、ワカナを攫って逃げた馬車の轍は深く二重に刻み込まれたこの轍なんだよ!!」
「この僅かな時間でそれだけの推理を!?流石お兄様です!!………でも一つ質問していいですか」
「もちろんだ」
「似たような轍が違う方向にも伸びているんですが、どちらがワカナを乗せた馬車なんでしょう」
アツコが左右に分かれるように刻まれた二つの轍を指さす。
ああ、うん、まあ夜中移動してる馬車が1台とは限らないよな、ある意味それも含めて予想通り、完璧にオレの掌の上だ。
「アツコ、わからないか?二つの轍の違いが」
「申し訳ありません兄様、私にはさっぱり」
「ほらっ、そこ。そこそこ」
「どこですか?」
「こうすればわかりやすいか?」
「えっ、兄様なにを!!」
オレは轍を構成している土を指先で掬い、口に運ぶ。
ジャリっとした砂を噛むような感触。まあ土を噛んでるわけだから当たり前なんだが。
オレは土をゆっくりと2回咀嚼し、吐き捨てる。そして丁寧に口をゆすぐ。うん、砂利って味ないと思ってたけど、不味いな、超不味いな。臭みがすごい。あと食感の不快感が凄い、食べ物じゃないものって、食べ物じゃないんだな。
「もしかして今の奇行がヒントに!?」
サラッとオレの行動をディスるアツコを尻目に、オレは思案の海に身を沈める。
そう、五感のすべてを使って謎を解き明かす、それが名探偵イツキスタイル、略してイツタイルだ。今の行動も決してインパクト狙いでなんとなくやったわけではないしな。完璧な計算の下にやってるからな。
「………えっと、ほら、この………そう、ここに注目するんだアツコ!!ポイントは轍の深さ、そう『馬車の重さ』なんだ!!」
「馬車の重さ?」
「思い出すんだ、ワカナは馬車が揺れているといった。それはつまり凄まじい速さで移動していることを示唆しているんだ。当然だ、誘拐犯は一刻も早く現場から離れたいわけだからな。では翻って、馬車を速く走らせるために誘拐犯は何をするかに思考の翼をはためかせるんだ」
「速く走らせるための工夫………分かりました、馬車を軽くするんですね!!」
「ふふ、謎という鍵穴は推理という鍵によって容易に回る。正解だ、アツコ、どうやら自力で鍵を作り出せたようだな。二つの轍のうち正解は浅い轍、つまり右こそがオレらの進むべき道なんだ!!」
「流石兄様!!ところで土を食べたのにはどういう理由があったんですか??」
「………アツコ、過去に囚われるな。行く手を阻む新しい扉は古い鍵で開くことはない。自由であれ、誰よりも思考を柔軟に保つんだ」
「そんなに深いお考えがあったんですね、私が間違ってました兄様!!探しましょう、新しい鍵を」
「ふふっ、わかってくれればいいんだ。行くぞアツコ君、ナナセ君、大いなる陰謀が我らを呼んでいる!!ハーッハッハッハッハッ!!!」
こうしてオレ達は正しい進路へと駆けだした。
オレが即座に正答導き出したことで自分の活躍の機会がないのではないかと不安になったのか、ナナセの表情は不安と諦念を感じさせるものだった。




