謎の少女
「ふんっ、とんだ貧乏くじだな」
行く手を遮る木々を鉈で薙ぎ払いながら、誰に言うでもなく独りごつ。
しかし、大森林とはよく言ったものだ。どれだけ進んでも森、森、森。見渡す限り続く針葉樹のせいで、これっぽっちも風景が変わらない。これはどうやらパナメーラの奴に上手く担がれたようだな。あの場では空気に飲まれ、さも簡単な仕事かのように安請け合いをしてしまったが、存外この仕事は苦労が多そうだ。
竜のねぐらの探索、周囲の冒険者ギルドへの潜入、酒場でのくだらない噂話の聞き込み。
場合によってはケルキヤ王国内だけでなく、ゴブリンが支配するゴヤ王国や、異種族弾圧で有名なガジフ帝国にまで足を運ばなければならない。
「迂闊に頼まれ事を受けるものではないな」
思わず口から愚痴が零れ落ちる。
いかんな。昔は一人言なんぞ年寄りの専売特許かと思っていたが、いざ年を重ねると口を突く言葉を抑えるのが難しくなっていく。この数百年で俺も年をとり変わったというわけか。
そうだ、誰もが変わる、この世に不変なものなどない。
「ここが竜のねぐら、というわけか」
不意に視界が開け、眼前に隕石でも落下したかのような巨大なクレーターが現れる。途方もない大きさの不自然な大穴。まさかこれが偶然生まれた地形のはずもない。魔法かスキルか、いずれにしても俺達と同等のレベルを有した者の仕業だろう。
「魔力反応は………なしか。時間が経ちすぎているな、たいした手がかりも残ってはいなそうだが………」
皮膚に大森林の様々なゆらぎが微細な振動となり伝わり、鼓膜には森で生まれる幾つもの反響が吸い込まれていく。
「妙な気配だ、モンスターか。いや、足音からして亜人………人間か。どうやら予想よりも早くパナメーラから依頼料を踏んだくれそうだ」
俺は音を殺し、気配の源泉へと向かう。鼻を突く香水の匂い。どこかで嗅いだことのある香りだ。幾重にも重なる木々の切れ目から覗き込むと、そこには大森林の奥深くまで旅してきた冒険者とは思えないほど小綺麗な身なりをした神官らしき少女と、それを取り囲む何体ものヘルハウンドの姿があった。
あまりに不自然で。異様な光景だ。
少女は何故か目を瞑り、しきりに何かを唱えている。魔法詠唱か?
しかし、この女が大森林の邪竜を屠った転生者であるならば、ヘルハウンド程度は難なく退けられるはずだ。それとも特殊なスキルを発動させる気かなの?
いったい何故………………ちぃっ、そういうことか!!
この女の狙いは『俺』というわけだな。わざわざスキルまで使い存在の隠匿を謀ったが、奴も中々の手練れのようだ。この意味不明な状況により俺を混乱させ、隙を見せれば一気に牙をむこうという算段だろう。
ならば、お手並み拝見といこうか。
お前はヘルハウンドに囲まれている。俺よりも先にヘルハウンドが動けば、それに対応せざるを得ないだろう。もちろん高レベル帯の転生者であればヘルハウンドの攻撃などノーダメージだが、その瞬間お前の正体は判明する。
さぁ、早く動け、手の内を見せろ。
俺はここにいる、逃げも隠れもせん………いや隠れてはいるが。




