もう一人の転生者
目が覚めると私は森にいた。
あれ、なんでこんなところにいるんだっけ。
私はぼやけた視界に欠けたピースをはめ込んでいくように記憶を辿っていく。
そう、昨日は店長の誕生日で、でも店長は元気のない顔して帰っちゃって………いつものゲームですか、って聞いたら寂しそうに『そうかもな』って笑ってて。
バイトの途中もずっと気になってて、仕方ないな、私だけでも祝ってあげようかなってゲームに入ったらここにいて………じゃあ、ここってミッドガルド?私ゲームつけたまま寝落ちしちゃったのかな??
徐々にクリアになっていく世界で私は思いきり息を吸い込む。嗅いだことのないような、でも何処か懐かしい香りが胸一杯に広がる。
私は眠気を振り払うようにブンブンと首を左右に動かすと、ゆっくりと身体を起こし辺りを見回した。
周囲には鬱蒼とした木々が生い茂り、幾重にも重なる葉の隙間から太陽の光が僅かに差し込む。私は自分の身体に視線を落とす。黒をベースに十字架があしらわれた僧衣は、確かに私がミッドガルドで使っていた物だ。店長が言うには英雄遺物とかいうあまりレベルの高い装備品じゃないらしいけれど、一緒に旅をして、一緒に作ってもらった大事な服。
私はその肌触りを確認しながら、必死に頭の中を整理する。
ここは夢の中なのかな。ゲームの中の世界、ミッドガルドにとても良く似た夢の中の世界。
光も、匂いも、風も、ありとあらゆる物がリアルで、まるで本物のような質量に満ちた、面白い夢の世界。
店長のことをゲームホリックですねってからかっていた私が、こんなリアルなミッドガルドの夢を見るなんて………もしこの事を明日休憩中に話したらどうなるだろう。『ほら言った通りだった、ヒナミさんは絶対ミッドガルドにハマるタイプだって思ってたんだよね』と笑うのかな。それとも『オレにあれだけ中毒中毒って言ってたのに自分だけリアルな夢見るとかズルいな~』とからかうだろうか。
どっちにしても、きっといじられるのは間違いないよね。
よしっ、それならこの夢の中を思いっきり楽しむしかない。
私は見た夢の内容を忘れちゃうから、どれだけ覚えてられるか分からないけど、店長も見たこともないような大きなドラゴンとか魔王とかを倒して「アップデートしてもあれだけリアルな経験は出来ないと思いますよ」と羨ましがらせよう。
いつも私を子ども扱いしてくる店長へのちょっとした復讐だ。
そうなると重要なのは強そうなモンスターをイメージする事だよね。ボケっとしてる間に夢が覚めたら勿体ないもん。
よーし、強いモンスター来い、強いモンスター来い、ドラゴンとか巨人とか黄泉の帝王とか夜の帝王とか来い………あれ、夜の帝王はちょっと違うか。夜の帝王と戦ったって言ったら、別の方向で店長にツッコまれちゃう。
そんな事を考えていると、背後からガサッという音が聞こえた。




