疑問
「本当にもう来ないと思うか?」
オレは酔いでグルグルと回る世界のなかでアツコに問いかける。
「安心してください、兄様。あれだけの目にあってわざわざ価値もない村を襲ったりしません。多少性格に問題はあろうがあの男も領主です。損得計算はできます。」
「そうか、それなら良かった…。じゃあオレは酔い覚ましにラグさんの手伝いに行ってくる。一宿一飯の恩義もあるしな。皆もくるか?」
一気に立つと地面が揺れた…魔法攻撃か!?
「やめなさい、酔っぱらいなんてきたら邪魔なだけ。かえって迷惑。」
「みっちゃんわかってないなぁ、こういうのは気持ちが大事なの。ハートがね。エンジェルハートな私はもちろんいくよ~」
「適当なこと言って遊びたいだけでしょ…。ナナセ、その問題児二人の面倒見てあげて。」
問題児二人にオレも入ってる気がするけど否定はできない…うっぷ、気持ち悪い…。
「わかった、私もお手伝いしたいと思ってたの。兄さんとワカナのことは任せて、皆ゆっくりしてて。」
部屋にはアツコ、ミカヅキ、サヤの3人が残った。
「さっきの本気?」
ミカヅキがアツコに問いかける。その表情は厳しい。
「何のこと?」
「あのエロ垂れ目が攻めてこないかどうか。」
「あら、ミカヅキはもう来ないと思っているんでしょ?私も同じよ。」
「嘘くさい、最高に。」
「アツコお姉ちゃん嘘ついてるの分かりやすいよね。声が二段回優しくなる感じがする。」
「バレた?」
アツコが口角に笑みを浮かべる。
「何を根拠にこんななんの価値もない場所に来ると思うのよ。あれだけの軍勢を動かすにはそれなりの戦費もかかってるはずよ。それに今回の戦いで怪我人も出たし、馬に至っては何頭か死んでるでしょ。剣を置いてったままの兵士もいるし、また来る理由なんて…。」
「気に食わないから、理由なんてそれだけで十分じゃない?」
「気に食わないって、そんな子供じゃあるまいし…。」
「随分亜人が嫌いみたいね、あの貴族。それに異常なまでの嗜虐性と膨れ上がった自尊心。部下の面前で耳まで落とされればもう後にはひけないわ。」
「そこまで分かっててなんで耳そいだのよ。」
「私達の事はなんと言われようが構わないけど、兄様への侮辱は許せないわ。耳だけで済ましてあげたことを褒めて欲しいくらいだわ。」
アツコは平静を装ってはいるが胸の内に込み上げる怒りは抑えきれないのか、親指を上下させ剣を鞘に抜き差ししている。
「アツコお姉ちゃんにしては大人しめな対応だったよね。私はいくつ首が飛ぶかワクワクしてたのに…でも相手に非があっても、流石に殺しちゃうとお兄ちゃんに迷惑かかっちゃうかな。」
サヤが笑いながら言う。
「この村を守る。世話になったし。」
「2回も命を助けてあげただけで十分でしょ?」
「バカ兄だって同じことを言うはずよ。」
ミカヅキの言葉にアツコは露骨に不満気な表情を浮かべた。
「だから兄様にはあの貴族がまた来るって言わなかったの。兄様は私達と楽しく旅をしたいのよ。それが兄さまの希望。それなら妹である私達がとるべき道はひとつ。兄様とこの世界を満喫することでしょ?それなのに、こんな場所に心残りがあったら兄様が気分良く過ごせないじゃない。それともずっとこの村にいたいの?次あの貴族が襲ってくるのは何年後かわからないのよ?元の世界で気を使ってばかりで疲れ果ててた兄様に、この世界でも同じ気苦労をさせたいというの?」
「それは…。」
ミカヅキは言いよどんだ。
「でも、ミカヅキの心配もわかるわ。私も少しの間とは言っても、あのオーク達に感謝もしていれば、愛着も湧いているのよ。みすみす死なせるわけにはいかないとは思ってるの。こうしましょう、私のスキルで作れる竜燐兵を2体置いておくことを検討するわ。簡易な物とはいっても儀式魔法だからすぐには無理だけど、落ち着いたらね。村を守るのは無理でもあのオーク達を守って逃げる時間を稼ぐ位なら問題ないでしょう。ナナセの口寄せもミカヅキ、ワカナの召喚も常時発動型じゃないし、今後ずっとこの村を守るならこれが一番良い手段だと思うけど。」
「…分かったわ。」
ミカヅキは不承不承といった面持ちで、首を縦にふった。
「可愛い妹の不安を解消するのは長姉の務めですもの。気にしないで。」
「はいはい、感謝してる。…私も少し外の空気を吸ってくるわ。」
ミカヅキはその場に居づらくなったのか、部屋を後にした。
「悪い癖だね、アツコお姉ちゃん。また声が優しくなってるよ。」
サヤの言葉にアツコは何も返すことはなかった。




